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十本指のブログ

十は残りのもの。残りのものには至福がある。

聖書の「正義」は「ジャスティス」ではない

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日本人は、聖書の神が「ジャスティス(justice)」を中心にしていると思っている人が多そうだ。そのイメージは完全に間違っている。なぜなら、英語訳聖書には「justice」の言葉自体、ほとんど出てこないから。具体的に言うと、欽定訳で「justice」は【28回】しか出てこない。「justice」は、『GENESIS(創世記)』には【1回】、最多の『Isaiah(イザヤ書)』ですら【6回】しか出てこない。

では、日本語訳聖書で「正しい」「正しさ」「義」「正義」と訳されている箇所、英語訳聖書では何と書かれているのだろうか?“righteous”や“righteousness”だ。この二つは欽定訳で合計【510回】出てくる。もしもこの二つが「読めない」か「どういう文脈で使うのかわからない」なら、当然、聖書の「正しい」「正しさ」「義」「正義」の意味が全くわからない。

「”justice”と”righteousness”はどう違うんですか?」という学生のように聞いてしまう人には、現状、キリスト教ユダヤ教が全く分かっていない。なお、英語では「righteous(ライチャス)」「righteousness(ライチャスネス)」と訳されている言葉の原語は、男性形の「ツェデク(צֶדֶק)」女性形の「ツェダーカー(צְדָקָה)」に分かれている。


ツェデクまたはツェダーカー、神の「義」とはなんだろうか?まず、唯一なる神の【一】は0,1,2,3,4,5,6,7,8,9の「1」ではない。神は、物理的にも概念的にも分割不可能であり≪部分や全体を持たない≫。部分に分割できず、十進法には分割できず、二進法には分割できない【一】が【唯一】である。そんな唯一なる神の義もまた「一つ」だ。神の義は、「善悪」という二つのうちの一つではない。だから、神の義は、たとえば「天使が悪魔に勝つ/負ける」「国家が国家に戦争で勝つ/負ける」「人が人と争いや議論や試合をして勝つ/負ける」では動かないものだ。

だから、たとえば日本がアメリカに負けた太平洋戦争、アメリカがベトナムに負けたベトナム戦争イラクがアメリカに負けたイラク戦争に、聖書の神の【正しさ】【義】【正義】はどの国家にもない。戦争の勝敗で動かない義がライチャスネス、ツェデク、ツェダーカーだ。

だから、仮面ライダーが悪の組織を倒しても【正義】を得られない。ギリシャ神話の英雄ペルセウスが、アテナの盾を使って、元ポセイドンの妻であるメドゥーサ(女王の意)を殺しても、アテナやペルセウスに【正義】はなく、得られない。

神の義は唯一なのに、なぜ男性形と女性形の「二つ」があるのか?それは人間が男と女のどちらかでありながら人間(アーダーム)であることと似ている。


日本人の考える「正義」はだいたい次のようになるだろう。

①正義は、国家の憲法や法律や条約によって決まる。
②人や国の話し合いの結果によって正義が決まる。
③戦争や議論や場の空気に勝利した側が正義になる。
④人それぞれ国それぞれ意見や立場が違うので、正義は相対的なもの。

しかし、この①〜④は、聖書の「righteous」「righteousness」には全く当てはまらない。この2語は、①〜④以外でしか理解できない。

この時点で、日本人の99%以上が知識人層も含めて、理解できずに脱落するかもしれない。

「国家の憲法や法律や条約では動かない正義」「人や国家の話し合いでは動かない正義」「戦争や議論やケンカや試合の勝利で得られない正義」「人(国家)それぞれでない正義」と聞いて、一瞬で理解できるだろうか?長く考えて理解できるだろうか?頭や心がついてこれないかもしれない。

“justice”が“righteousness”ではない以上、アメリカ的なジャスティスは聖書の正義とは全く違う。しかしそれでも、大統領が「聖書に手を置いて」就任する国の【正義】は、「righteous」「righteousness」の影響を受けている。ここがわからない人は、映画やアメリカンコミックの【正義】がわからない。

日本の仮面ライダーや特撮やマンガやアニメやゲームやライトノベル、十七条憲法御成敗式目や分国法や武家諸法度大日本帝国憲法日本国憲法や警察や裁判所や儒教老荘思想五行思想仏教神道には、「righteous」「righteousness」は無い。日本や中国やインドの内輪を探しても、【正義】は全くわからない。

ここを理解しない限り、日本は「戦争の国」「不自由の国」「無知の国」であり続ける。


Come thou and all thy house into the ark; for thee have I seen 《righteous》 before me in this generation.

主はノアに仰せられた。「あなたとあなたの全家族とは、箱舟に入りなさい。あなたがこの時代にあって、わたしの前に《正しい》のを、わたしが見たからである。

スーパーマンの本名とヘブライ語

アメリカンコミック関連のヘブライ語小ネタ。

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スーパーマンの本名は「カル・エル(Kal-EL)」という。「カール」はヘブライ語で“קָל”、《速い》を意味し、「エール」はヘブライ語くで“אֵל”、《神》を意味する。つまり、スーパーマンは《速い神》という意味で名づけられたヒーローだろう。

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ニーチェは、ヒーローが嫌いで、《超人(スーパーマン)》を「神や人間たち(民衆)を超えたわたし」として発明したがっていた。しかし、皮肉にも「民衆を救うヒーロー、スーパーマン(速い神)」という対ニーチェの最悪の嫌がらせが、地球に定着した。

また、「カール(קָל)」ではなく、「カル(קַל)」は《軽い》や《単純な》を意味する。カルならば、スーパーマンは《軽い神》や《単純な神》となり、どことなく読者を小馬鹿にした意味にも受け取れる。

ニーチェまたは読者が皮肉られているのか、両方とも皮肉られているのか、とにかくスーパーマンは、「素早く空を飛ぶヒーロー」だ。

他にも、アメリカンコミックのヒーローたちにはヘブライ語ユダヤ人のネタが盛り込まれているらしいので、ネタが溜まったら、私はまた何か書くかもしれない、ان شاء الله.

俺はイスラーム教徒なのでユダヤ教のティフリンに萌えたりしない

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ティフリン(תפילין)可愛い(*´Д`)

(;・∀・)ハッ? いやいや!俺はライナーがクリスタを見る目でティフリンつけたユダヤ教徒の女の子たちを見てるだけですよ?私は潔白です( ー`дー´)キリッ

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そんな本気の冗談はさておき、ティフリンをつけるユダヤ教徒の男性は日本の修験者みたいだ。

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役小角にしろ、『古事記』にしろ、「三」「七」「十」「十二」への理解が無かったとは到底言えない…。


私はティフリンを【まだ】やらないけど、ヘブル語付箋をそこらに貼る。ただでさえ、私の部屋が刑事のメモ(アラビア語、ヘブル語)貼り付けた捜査室ボードみたいなのに、さらにベタベタ貼る貼る。

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בְּרֵאשִׁית, בָּרָא אֱלֹהִים, אֵת הַשָּׁמַיִם, וְאֵת הָאָרֶץ.
(In the beginning God created the heaven and the earth.)
יְהִי אוֹר; וַיְהִי-אוֹר.
('Let there be light.' And there was light.)

たまらん。

習慣の悪魔ルシファーと聖なるリラックス

習慣とは大魔王ルシファーの時間、そして、安息日とは聖なる(קָדֵשׁ)リラックスだ。

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私たちは、絶えず思考や感情を働かせている。

人は自分が「平和」「自由」「現実」「安全」「平等」「家族」「ルール」「マナー」「社会性」「お金」「二次元」「良い」「不良」「恥」「努力」「空気を読む」「感情」「理性」「みんな」「具体性」「経験」「女子力」「男らしさ」「人間らしさ」「文化」「流行」「憲法」「法律」「神の教え」「科学」「正義」「民主主義」「社会主義」「先進国」「進化」「歴史」―――などの価値観に基づいて行動していると思っている。

しかし、現実には、人はそれらとは全く関係ないものに基づいて行動している。

それは「習慣だから」だ。「今までやってきたから」だ。

アメリカ人が正義を重んじるのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。正義のためではない。

日本人が恥を重んじるのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。文化を守るためではない。

テロリストがテロをするのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。教義のためではない。

アメリカ合衆国が戦争をするのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。対テロのためではない。

無宗教の人が神を信じないのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。科学を信じているからではない。

ムスリムが礼拝するのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。アッラーを信じているからではない。

お坊さんがお経を読むのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。仏様を信じているからではない。

神主さんが祝詞を読むのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。神々を信じているからではない。

いじめっ子がいじめをするのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。優越感を得られるからではない。

いじめらっ子がいじめられるのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。弱いからではない。

ブラック企業が残業代を払わないのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。お金のためではない。

社畜サービス残業をするのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。安全のためではない。

社会人が仕事をするのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。家族や自活のためではない。

ひきこもりがひきこもるのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。怠けたいからではない。


私たちは、自分たちが重んじる価値観のためではなく、ただ「習慣だから」やる。オリンピックの試合も、テロ実行も、普段の訓練、普段の習慣によって成立する。

そして、人は現実からどんどんズレていく。


いわゆる「七つの大罪Seven Deadly Sins)」の「七つ」とは実数ではなく【全て】を意味する。習慣という大魔王の日、大魔王の時間、大魔王の秒から、六人の悪魔「暴食」「色欲」「強欲」「憤怒」「怠惰」「嫉妬」が生まれ、大魔王の分身「高慢」が生まれる。

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さらに七十二の悪魔、魔王や公爵や侯爵たちが生まれる。

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そしていくらでも新しい悪魔たちが生まれる。そして彼らは皆、「習慣」というゆがんだ高貴さの王、ルシファー陛下を「王の王」として崇拝している。

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宗教という習慣をやめて、科学や憲法という【習慣】をやろう、王室や教会に縛られない芸術や音楽という【習慣】をやろう、日常という習慣から離れて映画や二次元という【習慣】をやろう、創造論という習慣をやめて、進化論という【習慣】をやろう、王室や皇室を廃止して共産主義社会主義という【習慣】をやろう………。

こうした習慣の変化は、習慣の形が変わるだけだ。習慣は形を変えても習慣なのだ。そして習慣は、人生を、家庭を、国を、民族を、学校を、会社を、科学を、伝統を、学問を、映画を、音楽を、二次元を、秩序を、全てを下降させる。


安息日とは、いわばズレた飛行機の航路を戻すための休憩時間、リラックスのことだ。宗教か無宗教かを問わず、あらゆる習慣をやめてくつろぐことだ。感情も思考も悪魔もお休み💤

だから安息日は、ユダヤ教徒キリスト教とか、日曜に休むとか、金曜に休むとか、そういうことではない。

安息日はあなたが変わるためではなく、あなたが現実に戻るためのリラックスタイムのことだ。



もしも飛行機が航路から1度ズレて進み続けたらどうなるだろうか。それは左右とは限らない。下に1度、2度、3度、4度、5度、6度…ズレていたら、あなたの飛行機、あなたの人生が墜落する。

✈→🔥→💀
󾟩→󾓶→󾆳

ヒューン、どかーん!あわれ、あなたはバラバラだ!おめでとう!あなたはめでたく黄泉(שְׁאוֹל)の住人になりました。大魔王ルシファー様がお待ちでございます、ささ、どうぞこちらへ。地獄のフルコースでございます……。

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などと、地獄の執事に丁重におもてなしをされたくないのなら、あなたが自分の習慣に安息日というリラックスをやること。習慣を変えるのではなく、習慣を休ませること。そうすれば、大魔王陛下のお休みに従い、不安や恐怖や緊張や偏見や差別や先入観は、お休みしてしまう。


「習慣づけが大切」「継続は力なり」「規則正しい生活を」という堕天使の囁きは、まるで大天使の声ように美しく尊く響く。「現実問題、習慣なしに生きるのはむずかしい」という悪魔崇拝悪魔崇拝にすら見えない。



しかし、安息日を実際にやってみれば、女の子の元には王子様が、男の子の元にはヒーローが、クリスチャンの元にはイエスが、ユダヤ教徒の元にはメシアが、仏教徒の元には弥勒菩薩が、イスラーム教徒の元にはマフディーが、ゾロアスター教徒の元にはサオシュヤントが、あなたにあなた自身の救世主がやって来る。


 おひめさまは、すっかり腹が立ちました。そこでいきなりかえるをつかみ上げて、ありったけのちからで、したたか、壁(かべ)にたたきつけました。
「さあ、これでたんとらくにねむるがいい。ほんとにいやなかえるったらないよ。」
 ところで、どうでしょう。かえるは、ゆかの上にころげたとたん、もうかえるではなくなって、世にもうつくしいやさしい目をした王子にかわっていました。―――『かえるの王さま』グリム兄弟


ルフィ「ねる」―――『ONE PIECE』第76話
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六日間は仕事をしてもよい。しかし七日目は全き休みの安息、聖なる会合の日である。あなたがたは、いっさいの仕事をしてはならない。この日はあなたがたがどこに住んでいても主の安息日である。――旧約聖書レビ記』23章3節

שֵׁשֶׁת יָמִים, תֵּעָשֶׂה מְלָאכָה, וּבַיּוֹם הַשְּׁבִיעִי שַׁבַּת שַׁבָּתוֹן מִקְרָא-קֹדֶשׁ, כָּל-מְלָאכָה לֹא תַעֲשׂוּ: שַׁבָּת הִוא לַיהוָה, בְּכֹל מוֹשְׁבֹתֵיכֶם.


 人の子は安息日にも主だ。―――新約聖書『マルコによる福音書』2-28

(”Therefore the Son of Man is also Lord od the Sabbath.”)


 かれ(堕天使イブリース)は言った。「主よ、では彼ら(人間ども)が呼び起こされるその日(復活)まで私を猶予してください」
 かれ(アッラー)は言った。「あなたは猶予される。
 定められたその日まで。」――『クルアーン』15章36〜38節

قَالَ رَبِّ فَأَنظِرْنِي إِلَى يَوْمِ يُبْعَثُونَ
قَالَ فَإِنَّكَ مِنَ الْمُنظَرِينَ
إِلَى يَومِ الْوَقْتِ الْمَعْلُومِ


 まもなく菩薩(ゴータマ)はそれまで行っていた苛酷な断食をすっぱりやめ、米麦と炒麦の粥を少し食べ、十分な力をつけた。―――大正蔵第二二巻「四分律」781ページ


 義なる者たちのフラワシにして最強なるものは、スピターマよ、
 それは最初の教師たちのもの、あるいはそれは、未だ生まれざる人々のもの、更新者サオシュヤントたちのものなり。―――『アヴェスター』フラワルディーン・ヤシュト第1節17

【Fate】なぜ歴代ハサンは十九人なのか?【Grand Order】

なぜハサンは19人なのか? Fate/Grand Order

Fate/Grand Order』で人気上昇中のキングハサン。イスラーム教のニザール派、歴代ハサンたちは「19人」。f:id:tenfingers:20170226015118j:plain

人気上昇中のキングハサンの宝具は、「死告天使(アズライール)」。f:id:tenfingers:20170226015134j:plain

なぜ、「ハサンは19人」で「キングハサンはアズライールを使う」のか?

イスラーム教徒の啓典には、世界の終わり、最後の審判に現れる地獄の天使たちは、「19人」とある。


よし、あの男、地獄の劫火で焼いてやる。さて、劫火とは何かとなんで知る。一物も残さず、一物もあまさず、皮膚をじりじり焼き通し、十九(の天使)がその番をする。――『コーラン』74章26〜30節 井筒俊彦

さて劫火の番兵には天使ばかり使うことにした。それから(十九という)その数は邪宗徒どものつまづきのもとにて特に我らの指定したもの。――『コーラン』74章31節 井筒俊彦


また、アズライールことイズラーイールは、終末のラッパを告げる天使だ。

つまり、【19】とは世界(全宇宙)の終わりを告げる数字である。


――などと書くと誤解する人たちもいるだろうが、『クルアーン』とは『新約聖書より新しい聖書』であり、この【19】も『旧約聖書』や『新約聖書』と同じ文脈、終末の文脈で用いられている。

・『ヨハネの黙示録』19章 メシア来臨。
・バビロン捕囚、エルサレム神殿が焼かれ城壁も破壊されたのは、ネブカデネザルの「第十九年」。
・『イザヤ書』19章および19節 終末の予言。
・『ルカによる福音書』19章 イエスのエルサレム入場。

などでは、「古いエルサレムが破壊され、新しいエルサレムができる(イエスのエルサレム入場、イエスの復活、救世主の来臨)」というアルカナ(内意)で終末が表現されている。

最もわかりやすいのは『ヨハネの黙示録』の19章だろう。この章で来臨するメシアは【一頭の白い馬】にまたがり【血に染められた衣をまとい】とある。それゆえ、タロットの19番目「太陽」を見ると<白馬にまたがり><赤い布をもった>赤子でソフトにメシアが示されている。f:id:tenfingers:20170226015241j:plain

そしてタロットの20番目は「審判」である。19番目「太陽(終末)」→「審判(復活)」という流れ。


イエスの復活にはさまざまな意味があり、その一つが「全ての人間は終末に復活する」という、”終末と最後の審判は本当に起きる”という知らせだ。

その終末的な状況を示す【十九】ゆえに、ハサンは十九人であり、キングハサンは魔を超え、神々の力を超え、神々の母を超え、英雄の中の英雄を軽くあしらい、魔力なしに<天候>を操り、<天命>で判断し、<天意>で動き、<天使>の名の技を使う。この場合、天とは、英雄や神々や神々の母を超えた<終末の天(の使い)>と言ったところか。f:id:tenfingers:20170226015352j:plain

なぜ、キングハサンが英雄という枠を超えているのか、グランドアサシンという冠位すら気にかけていないのか。それは彼が、己を英雄、神々、神々の母を超えた<終末の天>と己をシンクロさせているからだ。

ところで、イスラーム教徒がクルアーンの章を読む前に読む序文

بِسْمِ ٱللّٰهِ ٱلرَّحْمٰنِ ٱلرَّحِيمِ
(慈愛あまねく慈悲深い神の御名において)

は【19】文字である。またクルアーン最初の啓示(96章)は【19】節である。また、96章は終わりの章から数えて【19】番目である。また、クルアーンの章は114章で【19の6倍】である。それと、私の「タロット画像」フォルダの画像がなぜかクルアーンと同じ114画像だった。

さあ「首を出せ!」f:id:tenfingers:20170226015305j:plain

لا إله إلا الله محمد رسول الله
アッラーの他に神はなく、ムハンマドは神の使徒である)

ベレーシート(בְּרֵאשִׁית)

בְּרֵאשִׁית, בָּרָא אֱלֹהִים, אֵת הַשָּׁמַיִם, וְאֵת הָאָרֶץ.

(べレーシート バーラー エローヒーム エーット ハッシャーマイム ヴエーット ハーアーレツ)

In the beginning God created the heaven and the earth.

日本語訳「はじめに神が天と地を創造した。」

聖書のはじめのはじめ、ヘブル語(ヘブライ語)発音が「ベレーシート(はじめに)」だ。それでこの書は『ベレーシート』と呼ばれている。日本語で『創世記』、英語で『Genesis』と呼ばれているもの。アッカド神話で言うなら『Enûma Eliš(エヌマ・エリシュ)』に当たる。

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私はヘブル語の書き取り練習を繰り返し、『ベレーシート』のはじめから、英語訳聖書(JPS Tanakh 1917)と合わせて一語一語勉強中…

بِسْمِ ٱللّٰهِ ٱلرَّحْمٰنِ ٱلرَّحِيمِ

بِسْمِ ٱللّٰهِ ٱلرَّحْمٰنِ ٱلرَّحِيمِ
(ビスミッラーヒッラフマーニルラヒーム)

日本語訳「慈愛あまねく慈悲深い神の御名において」

毎日16億人のイスラーム教徒たちが、一日五回の礼拝の中で何度も『クルアーン』の章(スーラ)を読む。スーラを読む前に冒頭につけるのがこの言葉。

この言葉は、内意(アルカナ)がある。

それは

“古いエルサレムが壊されて、新しいエルサレムが現れる”

だ。これは

“The Word of God(神のことば)”――『REVELATION』19-13

クルアーンは、聖書の続きであり、旧約聖書新約聖書クルアーンの三つで【一つの書】である。

“He who has ears to hear, let him hear! ”

耳のある人は聞け。