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十本指のブログ

十は残りのもの。残りのものには至福がある。

一者

一者。

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中世思想にはイスラーム哲学が、アラビア語が欠かせない。イスラーム教だけでなく、中世キリスト教イスラーム哲学から多大な影響を受け、中世ユダヤ哲学はほとんどアラビア語で書かれたからだ。しかし、なぜかアラビア語で「1」をなんと言うのか、「1」をアラビア数字ではどう書くのか知らない日本人がまだまだ多い。

アッラーの67番目の名を「アル・ワーヒド(اَلْوَاحِدُ)」という。英訳なら「The One」。一者。ワーヒドは「1」のこと。また、クルアーンの中でもさらに重要視される112章では、アッラーが「アハド(唯一)」と呼ばれ、アッラーの67番目の名が「アル・アハド(اَلأَحَدُ)」とされることもある。

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イブン・アラビーは、ワーヒドをアッラーとし、アハドを名前以前の存在とした…と井筒俊彦は紹介している。しかし、「アハド」は、朝晩の祈り、寝る前の祈り、悪魔祓いに使われるクルアーン112章に出てくるコトバであり神名だ。そうした基本的な状況を知らないと、まるで「アハド」が一般的には使わない哲学用語のように思えるのではないだろうか?

日本人がアラビア語抜き、クルアーン抜き、信仰抜きでイスラーム哲学だけ知りたい、というのは相当に無理がある。日本人は、自分たちの宗教や道徳、仏教神道儒教すらよく知ろうとしないために、知識人やエリート層にすら宗教的な理解力がまるでない。また、日本人は外交官の卵すらエリートですら小論文の読み書きやディベートの基本すら知らず、思想の重要性も知らない。早稲田や慶応のエリートですら、基本的な歴史的年号テストで平均4〜5点(100点満点)を取るほど歴史的に無知。宗教的理解力が無く、思想が無く、基本的な論理的能力に欠け、歴史にすら無知で無能な日本人が「宗教と思想と論理とアラビア語を避けて」と怠けるなら、何を得られるだろうか。

一者への理解を阻むものは、こうした地球レベルでの劣悪な環境だけではない。特に「一神教多神教」という、愚劣で低能な文脈は「アハド」の意味を完全に理解不能にさせている。

私が思うに、一者に対する無理解の根っこはすでに和の精神――「憲法十七条」の一条から――始まっている。「人皆党有り、亦達(さと)れる者少し」「上和らぎ下睦びて、事を論うに諧ひぬる」。残念ながら、本物の和が存在した時代の日本であっても、「アハド」を理解することはできない。“人皆党有り”という多の認識が先に来ている人々には、ゾロアスターの「二」がわからないし、クルアーンの「一」はわからないのだ。

アハドが分からない、つまりそれはヘブライ語のエハード(אֶחָד、一つの)がわからないことも意味する。

また、アハドがわからないとはつまり、アラビア語のサラーム(平安、平和)がわからないことも意味する。なぜなら、サラームもまたアッラーのサラーム、つまりアハド(一つ)のサラームであり、多ではないからだ。また、それは同時にヘブライ語の「シャーローム(平安、平和)」もわからないことも意味する。サラームやシャーロームは両者とも「こんにちは」として使われる。アラビア語ヘブライ語のあいさつすらわからない人に神を理解するのは不可能だろう。

現代人的な感覚、「共通の話題すら少ないバラバラの社会や対人関係」や「相対的な悪平等」を想定する限り、アハドやエハードどころか、チームワークでの一体感すら理解できない。低いレベルでの統一感覚を持たない人が、高いレベルでの統合的一者ワーヒドを理解できないのは言うまでもない。ワーヒドがわからない人にはアハドがなおさら遠い。


和の精神やチームワークのような”統合的な一”すら理解できない状態のまま、アハドを、一者を理解するのは信仰的にも知的にも不可能だ。また、アハドやエハードの理解の土台がなければ、聖書の「神の義」もクルアーンの「正義」も全くわからない。

正義と悪の【二つ】があって、倒す側が「正義」という思考回路では、聖書やクルアーンの「一者」「平安」「正義」は全くわからない。あるいは、相対的な善悪なき【多数】がある、という思考回路でも「一者」「平安」「正義」が全くわからない。

日本人は知的レベルや信仰に関わらず、「1」と聞いて、反射的に「0,1,2,3,4,5,6,7,8,9」の【1】を連想してしまうのではないだろうか?あるいは「0,1」という二進法の一を。こういう十進法な「一」の理解、二進法的な「一」の理解もまた、「一者」への無理解へとつながっている。

和の精神、善悪、多数、十進法、二進法を否定されたら、「一者」をどうやって理解すればいいんですか?と言う人がいるかもしれない。しかし、「聖なるもの」「信じる」「愛」「平和」「正義」「七」「牛」「慈愛」「真理」「ゆるす」「創造」「アダム」「カリフ」「人の子」「恕」「氣(心身統一合氣道)」「任天堂」など、世界には一者を理解するヒントがありふれている。

なぜだか、日本の物語には「アハド」や「エハード」への理解や表現を見かけない。文学か娯楽かを問わず。古典か現代かを問わず。一方で、ヘブライ語に詳しい日本の牧師さんやスピリチュアルに親しんだ人やそこらの日本人ムスリムは、「エハード」や「アハド」を普通に理解している。

虚淵玄さんが様々な作品を通じて「LOVE」に近いものを表現しているが、そこにはゆるしがなく、「一者」への認識がない。

日本の近現代文学であれ映画であれアニメであれ、一者としての「父」や「子」への理解が全くない。そこに聖霊がなく、ただ「父と子」という二つに分裂したものがあるだけだ。このおそろしいほどの無理解には自覚症状もない。まさに絶望だ。愛なき父、一者でない父、創造なき父、聖霊なき物語。

こうした日本での無知と無理解は、【五】を通じて維持されている。

【五】とは何か?知らず知らず、インドから朝鮮までシルクロード的な範囲の中に生きることだ。

【五】とは何か?仏教儒教道教老荘思想神道これらの範囲延長の中に閉じこもろうとすることだ。

【五】とは何か?鬼は牛の角が生えていると思い、丑の刻を悪い時間と思い、丑寅を悪い方角だと思い込むことだ。

【五】とは何か?雅は、左三つ巴と右二つ巴の合わせて五で表現できると思い込むことだ。

【五】とは何か?初期仏教では未熟を意味した五に旗を与え、聖なるもの意味した七を鬼門として封じた都を持つことだ。

思考も感覚も旅行もインドやチベットなどで止まり、その西、イランやアラブやヘブライギリシャやローマ、あるいは初期仏教へ行かないこと。こうした【五】への囚われは、一者の理解を拒む。


 こうして彼(ゴータマ)がわずかの食べ物を口にしたとたんに、彼に従ってきた【五人】はすっかり失望し、くちぐちにこう言いあって彼のもとを去った。「修行者ゴータマは気が触れたおろか者だ。彼は道を見失ってしまった。では真実は存在しないのか」

――ダルマグプタカ派のヴィナヤ・ピタカ 大正蔵第二二巻「四分律」780〜781頁


「一者」「神の義」「平安」への理解は、和の精神、正倉院の雅、善悪、多数、十進法、二進法、無宗教、進化論、歴史、神道儒教老荘思想、日本仏教五行思想、などの範囲に閉じこもろうとする人には全く不可能だ。

では、一者とは何か?正義と悪の二つが存在せずに正義が存在することだ。

一者とは何か?多数の正義は存在せずに正義が存在することだ。

一者とは何か?アーダムを天使たちが土下座して礼拝することだ。

一者とは何か?アーダームが神の像であり神の似姿であることだ。

一者とは何か?創造が愛であることだ。

一者とは何か?旧約聖書新約聖書クルアーンが一つの本であることだ。

一者とは何か?神が唯一であることだ。

لا إله إلا الله محمد رسول الله
神の他に神はなくムハンマドは神の使徒である。

ゾロアスターお兄ちゃんと弟ブッダ

ゾロアスターという人物は、ブッダという人物に対してお兄ちゃんの位置にいる。

――と言うとあまりに唐突に聞こえるかもしれない。日本では、インド人とイラン人が共通の民族アーリア人であること、ゾロアスター教ゾロアスターが古代ペルシャ人(イラン人)であることさえ、ほとんど知られていないから。なので、私は少しだけゾロアスターについて語ってみようと思う。


ゾロアスターゾロアスターとは紀元前13世紀から紀元前7世紀あたりに活躍したと言われている人物だ。ゾロアスターは、モーツァルトの『魔笛』に登場する太陽の司祭”ザラストロ”、ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』の”ツァラトゥストラ”のモデル、古代ペルシャ人だ。ゾロアスターが創始したゾロアスター教は、拝火教(はいかきょう)とも呼ばれる。

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(太陽の司祭ザラストロと夜の女王の娘パミーナ)


ゾロアスターは聞いたことがないし、日本には影響がない…と思いきや、日本に決定的な影響を与えている。なぜなら、”お焚き上げ”や”お地蔵さん”や”念仏を唱える仏教”は、ゾロアスターがいなければ存在していないから。おそらくは日本の神道の浄めである”禊(みそぎ)”もゾロアスターがいなければ無かっただろう。


どういうことだろうか?ゾロアスターは、<救世主>という観念を世界にもたらした宗教改革者だった。つまり、ユダヤ教の「メシア」、キリスト教の「キリスト」、仏教の「ミロク(やお地蔵さん)」、イスラーム教の「マフディー」といった救世主は全て、ゾロアスターが発案…光の神アフラ・マズダーから啓示されたサオシュヤント(救世主)を起源としている。なにせ、人類はそれまでそんな【みんなを救う人間】などということを考えもしなかったのだから。もしも、”ヒーロー”と聞いて【みんなを救う人】と思うなら、それはゾロアスターのおかげさまで、と言える。


また、ゾロアスターは、世界の終わりである<終末>、終末が来た時に人類みんながら生き返る<復活>、復活した全員が神から正当な評価を受ける<最後の審判>という観念を世界にもたらした。これがキリスト教イスラーム教に決定的な影響を与えているのは言うまでもない。そもそも、救世主自体が「世界の終わり」と結びついている。キリスト教のイエスは、ある種の終わりの先取りとしてやって来て、全人類の復活は本当にあるよ的なメッセージも含めて<復活>したのだが、それはまた別の話。


さらに、ゾロアスターは、それまで力任せでいい加減だった神々というグループを、善神グループのアフラ、悪神グループのダエーワに分けた。この影響下において、ユダヤ教キリスト教イスラーム教における<天使/悪魔>という区別が生まれた。

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そして、日本においては、「智慧の炎」とされる密教護摩は、「正義の火アータル」の影響、良く言えばインスパイア、悪く言えばパクリとして生まれたものだ。また、仏教の身口意はやはりゾロアスターの「善思・善語・善行」の影響で生まれたものだ。


ゾロアスターが生きた時代を最も新しい紀元前7世紀と想定したとしても、紀元前5世紀ころのシャカよりは先に生まれている。


また、ゾロアスターの話をしていくとどうしても、「ゾロアスター仏教よりすごい」「イランはインドよりすごい」という話になってしまう。現代においても、インドの経済と政治を支配するのは、パールシー(ゾロアスター教徒)なのだから。インドを支配しているのは、ヒンズー教でも仏教でもヨーガでもない、ゾロアスター教なのだ。


現代的な意味でのゾロアスターの優位性だけでなく、日本仏教の本質的なところ、重要な部分がゾロアスターお兄ちゃんによっかかっている。


念仏を唱えて民が救われるというのは、神に祈らない、むしろ神々に平伏される超人的な人間として生きた修行者ブッダという生き方からあまりにもかけ離れている。それは、アフラ・マズダーという神に対して真言(マンスラ)を祈って救われるゾロアスター教徒に近い。歴史的なブッダは人間であり、神ではないし、「民を救う」などという行動原理を本質に持っていなかった。だから、仏教において「民を救ってくれる仏様」という弥勒菩薩、お地蔵様的なものは、仏教ではなくゾロアスター教に由来する後づけ要素である。

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また、仏教で言う後光、仏像の後ろにある輪や炎のようなものは、ゾロアスター教の<光輪(クワルナフ)>に起因する。光輪はキリスト教においては「天使の輪」になった。天使そのものがゾロアスター教由来だから天使の輪もゾロアスター教からというわけだ。

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しかし、ゾロアスター教から直接ではなく、マニ教ミトラ教景教キリスト教ネストリウス派)越しでの影響のために、日本では根源であるゾロアスターについて言及されることが少ない。日本で1月15日に行われる火祭り、どんど焼きやさいとやきは、キリスト教景教)経由でのゾロアスター教のお祭りが起源とされる。景教は三位一体を中心とするキリスト教徒に追い出され、イランに居た過去があるために、ゾロアスター教の影響を受けた。左義長、雅楽の『打球楽』はペルシャゾロアスター)起源である。


それよりも、これだけ並べ立てられたら、憲法十七条の「三宝仏教の仏・法・僧)」を敬えとか、日本仏教って何だったの?日本の伝統、日本の歴史って何だったの?という心情が先に立つのかもしれない。もう聞きたくないと思ったり、あるいは逆にもっと聞きたい!と思うのかもしれない。

私はチラっと「日本の禊もゾロアスターのおかげ」的なことを言った。それは、ゾロアスター教が”浄め”を何にもまして重視することを踏まえてのことだ。特に【死体に触れた人への浄め】について。ただ、この点に関してはゾロアスターの発案ではなく他の文化圏が起源である可能性もある。


ともあれ、仏教からゾロアスター教由来の要素、民を救う、念仏を唱える、護摩、後光、【断食をやめる】を差し引いたら、一体何が残るだろうか?大乗仏教どころか、ブッダの悟りすら消滅する。そういう意味で、私はゾロアスターブッダのお兄ちゃんと呼ぶ。

愚弟ブッダ、愚弟インドは賢兄イランに反抗期なのでこんなことを言う。「正義はやり過ぎると悪になる」「良い神はデーヴァだ、悪い神はアシュラだ(お兄ちゃんの逆)」と。まーだインド・ブッダという愚弟は、「正義という火を世界にもたらして世界を二分した」ゾロアスターお兄ちゃん離れができないらしい。しかし、現実のインドはパールシー(ゾロアスター教徒)が経営するホワイト大企業タタ・グループがいないとダメな弟なのであった…。


それにしても、イスラーム教徒の私がなぜこんなにゾロアスター教を押すのか気になる人もいるかもしれない。その理由は「私はゾロアスターがなんとなく大好きだから!」だ。ゾロアスターはカッコいいし、その聖典である『アヴェスター』の内容もやたらとカッコいい。私が信じるのはあくまでひとりの神であり、二人のうちの片割れではないが、それでもゾロアスター教の影響は無視するにはあまりにも大きすぎるし、無視や無関心はフェアではない。私が大好きなスフラワルディーというイスラーム神秘哲学者がゾロアスター押しというのもある。


イランはゾロアスターで終わらず、イスラーム化した後、シーア派として活躍し、今も活躍している。イスラームの美術や建築や哲学や詩などの文化面はほとんど「イラン人」によるものだ。イラン人は「極度に幻想的で、極度に論理的」という二つの高度な性質を併せ持った王的な民族だ。ただし、イラン人は、あまりにも優秀すぎて政治的・軍事的に悲劇を歩んでしまう面もある。


くり返し言おう。ゾロアスターブッダに対して兄、イランはインドに対して”お兄ちゃん”ポジションにある。日本人は、ダメな弟ばかりに加担しすぎて、光の王であるイラン兄、正義の味方そのものを忘れてしまった。そろそろ、日本はダメ男(ブッダ・インド)から離れて、偉大さの源であるお兄ちゃんに頼ってもいい時期が来たのではないだろうか。太陽の光、月の光、星の光はゾロアスターお兄ちゃんを通じて見い出せる。また、ゾロアスターの光はイスラーム教のシーア派という光になり、現在も輝いている。



 彼らの富と光輝により、集会にてその言が聞かれる雄弁なる男が生まれるであろう。
 彼は、その知恵を望まれる者、
 彼は、敗北者ガウタマの征服者として論争より立ち去る者なり。
 彼らの富と光輝により、太陽はその路を行く、
 彼らの富と光輝により、月はその路を行く。
 彼らの富と光輝により、星辰はその路を行く。

―――『アヴェスター』フラワルディーン・ヤシュトより

正義はゆるし、偽善はゆるさない

ライチャス!今回も、日本人が全く知らない正義のお話です。日本人の現実にも、日本の物語にも出てこない正義のお話です。

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正義を肯定する人には大切なものが帰ってきます。正義を否定する人は大切な人を失います。

たとえ男が馬鹿に見えても、正義そのものを否定しまえば、男は「ただいま」と家族や女のところへ帰ってこなくなります。

ライチャス!righteous.ライチャスの日本語訳は”正しい”。かんたんな英語です。なぜあなたがライチャスを知らないのか、それはあなたに知識が無いからではありません。あなたが愛を知らないからです。

戦う男はライチャスを知りません。戦わない女もライチャスを知りません。お互いが悪循環を加速させています。両者とも自身が悪循環を加速させていることに無自覚です。これでは「男の世界」と「女の世界」は分裂したままです。

男が世界に正義や平和がないと感じて家の外に出かければ、出かけた外にも正義や平和はありません。自分の中にない正義と平和、家の中にない正義と平和がどうして外に見つけられるでしょうか。戦う男は勝っても負けても引き分けても、逃げても、正義と平和は得られません。

女が男の正義をくだらないと思って家で待っていれば、くだらない男は帰ってこなくなります。心の中で遠ざけられたものは現実でも遠ざかるのです。

正義を否定する人は、愛と大切な人も否定し、遠ざけてしまいます。自分では筋を通す道、愛情や無難な道を選んだつもりでも。本人としては、自分とは無関係な難しいものだけを避けたつもりでも。

もしも、正義の正体が愛で、男と女を一つにするもの、味方と敵を一つにするものだとしたらどうでしょうか?男はその一つにするものを家の外で悪用し、女はその一つにするも愛を家の内で無視していたら。当然、世界や社会は分裂し、男女の世界も分裂します。


ライチャスネスは、アメリカとイスラムを分裂させません。
ライチャスネスは、ドイツや世界を東西に分裂させません。
ライチャスネスは、文明人と野蛮人を分裂させません。
ライチャスネスは、聖書と科学を分裂させません。
ライチャスネスは、庶民と政治家を一つにします。
ライチャスネスは、古代と中世と現代を一つにします。
ライチャスネスは、男の世界と女の世界を一つにします。
ライチャスネスは、味方と敵を一つにします。
ライチャスネスは、身内とよそ者を一つにします。
ライチャスネスは、田舎と都会を一つにします。
ライチャスネスは、一神教多神教を一つにします。
ライチャスネスは、動物好きと動物虐待の間に壁を建てません。
ライチャスネスは、聖なる人と犯罪者の間に壁や溝を造りません。

あなたはこの一つにする正義、ライチャスネスを聞いたことがありますか?私は基本に忠実な話を変わった話に見せかけるのが得意です。そして、あなたは基本的な話を独特、独自、変わった話と解釈するのが得意です。

あなたは正義について何も考えてきませんでした。あなたが生きている世界は、いわば、

2+2=5
平和=戦争

の世界でした。しかし、2+2=4です。戦争で平和は得られません。このかんたんな足し算や言葉くらい、正義は否定してはいけないものなのです。

ライチャスは敵をゆるします。正しさは敵をゆるします。

ゆるさない偽りの正義、いわゆるジャスティスは、毎日テレビや新聞やネットで報道されています。ゆるさない正義、つまり偽善は、無責任な怒りを増やし、無責任な憎しみを増やし、不安や恐怖や攻撃性を増やします。

ゆるさない正義は、臆病な偽善です。

犯罪者が怖いからゆるさない。
政治家が怖いからゆるさない。
テロリストが怖いからゆるさない。
いじめが怖いからいじめっ子をゆるさない。
宗教は怖いからゆるさない。
ブラック企業は怖いからゆるさない。

ただただ、これらは臆病で無知で偽善です。臆病で無知から始まったものは、不安と恐怖、偏見と差別を増やし続けます。ゆるさない人は現実が見えません。

正義はゆるします。正義は平和をもたらします。正義は安心を実感させます。正義は知って理解します。

正義は、自分をゆるします。
正義は、テロリストをゆるします。
正義は、戦争を仕掛ける国をゆるします。
正義は、戦争を誘発させる新聞やニュースをゆるします。
正義は、兵士をゆるします。
正義は、死の商人をゆるします。
正義は、犯罪者をゆるします。
正義は、不正を行った政治家をゆるします。
正義は、麻薬組織をゆるします。
正義は、マフィアをゆるします。
正義は、ヤクザをゆるします。
正義は、黒社会をゆるします。
正義は、不正を行った警官をゆるします。
正義は、不正を行った裁判官をゆるします。
正義は、不正を行った検察官をゆるします。
正義は、同性愛者をゆるします。
正義は、腐女子貴腐人をゆるします。
正義は、ホモをゆるします。
正義は、異性愛者をゆるします。
正義は、オタクをゆるします。
正義は、リア充をゆるします。
正義は、浮気をゆるします。
正義は、不倫をゆるします。
正義は、ストーカーをゆるします。
正義は、ロリコンをゆるします。
正義は、動物虐待をゆるします。
正義は、ブラック企業をゆるします。
正義は、みんなをゆるします。
正義は、キリスト教をゆるします。
正義は、ユダヤ人をゆるします。
正義は、イスラムをゆるします。
正義は、無宗教をゆるします。
正義は、神道をゆるします。
正義は、仏教をゆるします。
正義は、儒教をゆるします。
正義は、老荘思想をゆるします。
正義は、占いをゆるします。
正義は、進化論をゆるします。
正義は、自然破壊をゆるします。
正義は、文明をゆるします。
正義は、運命をゆるします。
正義は、宿命をゆるします。
正義は、霊能力者をゆるします。
正義は、スピリチュアルゆるします。
正義は、新興宗教をゆるします。
正義は、大日本帝国をゆるします。
正義は、ヒロシマをゆるします。
正義は、ナガサキをゆるします。
正義は、昭和天皇をゆるします。
正義は、マッカーサーをゆるします。
正義は、GHQをゆるします。
正義は、日本人をゆるします。
正義は、アメリカ人をゆるします。
正義は、ドイツ人をゆるします。
正義は、ソ連人をゆるします。
正義は、ロシア人をゆるします。
正義は、北朝鮮人をゆるします。
正義は、韓国人をゆるします。
正義は、在日韓国人をゆるします。
正義は、レイシストをゆるします。
正義は、男尊女卑をゆるします。
正義は、女尊男卑をゆるします。
正義は、フェミニズムをゆるします。
正義は、大震災をゆるします。
正義は、大津波をゆるします。
正義は、放射能汚染をゆるします。
正義は、いじめをゆるします。
正義は、いじめっ子をゆるします。
正義は、いじめられっ子をゆるします。

このようにゆるした強い人、愛の人がひとりぼっちで、何もせず自分や人を理解せずにいられるでしょうか?ゆるす人は愛情深くなり、自分や他者を同じ人間として理解します。

愛と正義は一つのもの、一つにするものです。ゆるさない偽善を正義と思ったり、正義そのものを考えないようにするのはやめましょう。ゆるしを“ガマン”や“つけこまれる”と勝手に解釈するのはやめましょう。ゆるしは自由で強いもの、ガマンや弱さとは別物です。

正義はゆるす正義、愛する正義、理解する正義です。どうか、あなたが正義を理解できますように。


 I will forgive, and this will disappear.
 私がゆるせば、これは消え去るだろう。――『A Course in Miracles』LESSON 193

聖書の「正義」は「ジャスティス」ではない

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日本人は、聖書の神が「ジャスティス(justice)」を中心にしていると思っている人が多そうだ。そのイメージは完全に間違っている。なぜなら、英語訳聖書には「justice」の言葉自体、ほとんど出てこないから。具体的に言うと、欽定訳で「justice」は【28回】しか出てこない。「justice」は、『GENESIS(創世記)』には【1回】、最多の『Isaiah(イザヤ書)』ですら【6回】しか出てこない。

では、日本語訳聖書で「正しい」「正しさ」「義」「正義」と訳されている箇所、英語訳聖書では何と書かれているのだろうか?“righteous”や“righteousness”だ。この二つは欽定訳で合計【510回】出てくる。もしもこの二つが「読めない」か「どういう文脈で使うのかわからない」なら、当然、聖書の「正しい」「正しさ」「義」「正義」の意味が全くわからない。

「”justice”と”righteousness”はどう違うんですか?」という学生のように聞いてしまう人には、現状、キリスト教ユダヤ教が全く分かっていない。なお、英語では「righteous(ライチャス)」「righteousness(ライチャスネス)」と訳されている言葉の原語は、男性形の「ツェデク(צֶדֶק)」女性形の「ツェダーカー(צְדָקָה)」に分かれている。


ツェデクまたはツェダーカー、神の「義」とはなんだろうか?まず、唯一なる神の【一】は0,1,2,3,4,5,6,7,8,9の「1」ではない。神は、物理的にも概念的にも分割不可能であり≪部分や全体を持たない≫。部分に分割できず、十進法には分割できず、二進法には分割できない【一】が【唯一】である。そんな唯一なる神の義もまた「一つ」だ。神の義は、「善悪」という二つのうちの一つではない。だから、神の義は、たとえば「天使が悪魔に勝つ/負ける」「国家が国家に戦争で勝つ/負ける」「人が人と争いや議論や試合をして勝つ/負ける」では動かないものだ。

だから、たとえば日本がアメリカに負けた太平洋戦争、アメリカがベトナムに負けたベトナム戦争イラクがアメリカに負けたイラク戦争に、聖書の神の【正しさ】【義】【正義】はどの国家にもない。戦争の勝敗で動かない義がライチャスネス、ツェデク、ツェダーカーだ。

だから、仮面ライダーが悪の組織を倒しても【正義】を得られない。ギリシャ神話の英雄ペルセウスが、アテナの盾を使って、元ポセイドンの妻であるメドゥーサ(女王の意)を殺しても、アテナやペルセウスに【正義】はなく、得られない。

神の義は唯一なのに、なぜ男性形と女性形の「二つ」があるのか?それは人間が男と女のどちらかでありながら人間(アーダーム)であることと似ている。


日本人の考える「正義」はだいたい次のようになるだろう。

①正義は、国家の憲法や法律や条約によって決まる。
②人や国の話し合いの結果によって正義が決まる。
③戦争や議論や場の空気に勝利した側が正義になる。
④人それぞれ国それぞれ意見や立場が違うので、正義は相対的なもの。

しかし、この①〜④は、聖書の「righteous」「righteousness」には全く当てはまらない。この2語は、①〜④以外でしか理解できない。

この時点で、日本人の99%以上が知識人層も含めて、理解できずに脱落するかもしれない。

「国家の憲法や法律や条約では動かない正義」「人や国家の話し合いでは動かない正義」「戦争や議論やケンカや試合の勝利で得られない正義」「人(国家)それぞれでない正義」と聞いて、一瞬で理解できるだろうか?長く考えて理解できるだろうか?頭や心がついてこれないかもしれない。

“justice”が“righteousness”ではない以上、アメリカ的なジャスティスは聖書の正義とは全く違う。しかしそれでも、大統領が「聖書に手を置いて」就任する国の【正義】は、「righteous」「righteousness」の影響を受けている。ここがわからない人は、映画やアメリカンコミックの【正義】がわからない。

日本の仮面ライダーや特撮やマンガやアニメやゲームやライトノベル、十七条憲法御成敗式目や分国法や武家諸法度大日本帝国憲法日本国憲法や警察や裁判所や儒教老荘思想五行思想仏教神道には、「righteous」「righteousness」は無い。日本や中国やインドの内輪を探しても、【正義】は全くわからない。

ここを理解しない限り、日本は「戦争の国」「不自由の国」「無知の国」であり続ける。


Come thou and all thy house into the ark; for thee have I seen 《righteous》 before me in this generation.

主はノアに仰せられた。「あなたとあなたの全家族とは、箱舟に入りなさい。あなたがこの時代にあって、わたしの前に《正しい》のを、わたしが見たからである。

スーパーマンの本名とヘブライ語

アメリカンコミック関連のヘブライ語小ネタ。

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スーパーマンの本名は「カル・エル(Kal-EL)」という。「カール」はヘブライ語で“קָל”、《速い》を意味し、「エール」はヘブライ語くで“אֵל”、《神》を意味する。つまり、スーパーマンは《速い神》という意味で名づけられたヒーローだろう。

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ニーチェは、ヒーローが嫌いで、《超人(スーパーマン)》を「神や人間たち(民衆)を超えたわたし」として発明したがっていた。しかし、皮肉にも「民衆を救うヒーロー、スーパーマン(速い神)」という対ニーチェの最悪の嫌がらせが、地球に定着した。

また、「カール(קָל)」ではなく、「カル(קַל)」は《軽い》や《単純な》を意味する。カルならば、スーパーマンは《軽い神》や《単純な神》となり、どことなく読者を小馬鹿にした意味にも受け取れる。

ニーチェまたは読者が皮肉られているのか、両方とも皮肉られているのか、とにかくスーパーマンは、「素早く空を飛ぶヒーロー」だ。

他にも、アメリカンコミックのヒーローたちにはヘブライ語ユダヤ人のネタが盛り込まれているらしいので、ネタが溜まったら、私はまた何か書くかもしれない、ان شاء الله.

俺はイスラーム教徒なのでユダヤ教のティフリンに萌えたりしない

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ティフリン(תפילין)可愛い(*´Д`)

(;・∀・)ハッ? いやいや!俺はライナーがクリスタを見る目でティフリンつけたユダヤ教徒の女の子たちを見てるだけですよ?私は潔白です( ー`дー´)キリッ

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そんな本気の冗談はさておき、ティフリンをつけるユダヤ教徒の男性は日本の修験者みたいだ。

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役小角にしろ、『古事記』にしろ、「三」「七」「十」「十二」への理解が無かったとは到底言えない…。


私はティフリンを【まだ】やらないけど、ヘブル語付箋をそこらに貼る。ただでさえ、私の部屋が刑事のメモ(アラビア語、ヘブル語)貼り付けた捜査室ボードみたいなのに、さらにベタベタ貼る貼る。

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בְּרֵאשִׁית, בָּרָא אֱלֹהִים, אֵת הַשָּׁמַיִם, וְאֵת הָאָרֶץ.
(In the beginning God created the heaven and the earth.)
יְהִי אוֹר; וַיְהִי-אוֹר.
('Let there be light.' And there was light.)

たまらん。

習慣の悪魔ルシファーと聖なるリラックス

習慣とは大魔王ルシファーの時間、そして、安息日とは聖なる(קָדֵשׁ)リラックスだ。

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私たちは、絶えず思考や感情を働かせている。

人は自分が「平和」「自由」「現実」「安全」「平等」「家族」「ルール」「マナー」「社会性」「お金」「二次元」「良い」「不良」「恥」「努力」「空気を読む」「感情」「理性」「みんな」「具体性」「経験」「女子力」「男らしさ」「人間らしさ」「文化」「流行」「憲法」「法律」「神の教え」「科学」「正義」「民主主義」「社会主義」「先進国」「進化」「歴史」―――などの価値観に基づいて行動していると思っている。

しかし、現実には、人はそれらとは全く関係ないものに基づいて行動している。

それは「習慣だから」だ。「今までやってきたから」だ。

アメリカ人が正義を重んじるのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。正義のためではない。

日本人が恥を重んじるのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。文化を守るためではない。

テロリストがテロをするのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。教義のためではない。

アメリカ合衆国が戦争をするのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。対テロのためではない。

無宗教の人が神を信じないのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。科学を信じているからではない。

ムスリムが礼拝するのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。アッラーを信じているからではない。

お坊さんがお経を読むのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。仏様を信じているからではない。

神主さんが祝詞を読むのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。神々を信じているからではない。

いじめっ子がいじめをするのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。優越感を得られるからではない。

いじめらっ子がいじめられるのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。弱いからではない。

ブラック企業が残業代を払わないのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。お金のためではない。

社畜サービス残業をするのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。安全のためではない。

社会人が仕事をするのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。家族や自活のためではない。

ひきこもりがひきこもるのはなぜだろうか?「習慣だから」だ。怠けたいからではない。


私たちは、自分たちが重んじる価値観のためではなく、ただ「習慣だから」やる。オリンピックの試合も、テロ実行も、普段の訓練、普段の習慣によって成立する。

そして、人は現実からどんどんズレていく。


いわゆる「七つの大罪Seven Deadly Sins)」の「七つ」とは実数ではなく【全て】を意味する。習慣という大魔王の日、大魔王の時間、大魔王の秒から、六人の悪魔「暴食」「色欲」「強欲」「憤怒」「怠惰」「嫉妬」が生まれ、大魔王の分身「高慢」が生まれる。

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さらに七十二の悪魔、魔王や公爵や侯爵たちが生まれる。

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そしていくらでも新しい悪魔たちが生まれる。そして彼らは皆、「習慣」というゆがんだ高貴さの王、ルシファー陛下を「王の王」として崇拝している。

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宗教という習慣をやめて、科学や憲法という【習慣】をやろう、王室や教会に縛られない芸術や音楽という【習慣】をやろう、日常という習慣から離れて映画や二次元という【習慣】をやろう、創造論という習慣をやめて、進化論という【習慣】をやろう、王室や皇室を廃止して共産主義社会主義という【習慣】をやろう………。

こうした習慣の変化は、習慣の形が変わるだけだ。習慣は形を変えても習慣なのだ。そして習慣は、人生を、家庭を、国を、民族を、学校を、会社を、科学を、伝統を、学問を、映画を、音楽を、二次元を、秩序を、全てを下降させる。


安息日とは、いわばズレた飛行機の航路を戻すための休憩時間、リラックスのことだ。宗教か無宗教かを問わず、あらゆる習慣をやめてくつろぐことだ。感情も思考も悪魔もお休み💤

だから安息日は、ユダヤ教徒キリスト教とか、日曜に休むとか、金曜に休むとか、そういうことではない。

安息日はあなたが変わるためではなく、あなたが現実に戻るためのリラックスタイムのことだ。



もしも飛行機が航路から1度ズレて進み続けたらどうなるだろうか。それは左右とは限らない。下に1度、2度、3度、4度、5度、6度…ズレていたら、あなたの飛行機、あなたの人生が墜落する。

✈→🔥→💀
󾟩→󾓶→󾆳

ヒューン、どかーん!あわれ、あなたはバラバラだ!おめでとう!あなたはめでたく黄泉(שְׁאוֹל)の住人になりました。大魔王ルシファー様がお待ちでございます、ささ、どうぞこちらへ。地獄のフルコースでございます……。

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などと、地獄の執事に丁重におもてなしをされたくないのなら、あなたが自分の習慣に安息日というリラックスをやること。習慣を変えるのではなく、習慣を休ませること。そうすれば、大魔王陛下のお休みに従い、不安や恐怖や緊張や偏見や差別や先入観は、お休みしてしまう。


「習慣づけが大切」「継続は力なり」「規則正しい生活を」という堕天使の囁きは、まるで大天使の声ように美しく尊く響く。「現実問題、習慣なしに生きるのはむずかしい」という悪魔崇拝悪魔崇拝にすら見えない。



しかし、安息日を実際にやってみれば、女の子の元には王子様が、男の子の元にはヒーローが、クリスチャンの元にはイエスが、ユダヤ教徒の元にはメシアが、仏教徒の元には弥勒菩薩が、イスラーム教徒の元にはマフディーが、ゾロアスター教徒の元にはサオシュヤントが、あなたにあなた自身の救世主がやって来る。


 おひめさまは、すっかり腹が立ちました。そこでいきなりかえるをつかみ上げて、ありったけのちからで、したたか、壁(かべ)にたたきつけました。
「さあ、これでたんとらくにねむるがいい。ほんとにいやなかえるったらないよ。」
 ところで、どうでしょう。かえるは、ゆかの上にころげたとたん、もうかえるではなくなって、世にもうつくしいやさしい目をした王子にかわっていました。―――『かえるの王さま』グリム兄弟


ルフィ「ねる」―――『ONE PIECE』第76話
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六日間は仕事をしてもよい。しかし七日目は全き休みの安息、聖なる会合の日である。あなたがたは、いっさいの仕事をしてはならない。この日はあなたがたがどこに住んでいても主の安息日である。――旧約聖書レビ記』23章3節

שֵׁשֶׁת יָמִים, תֵּעָשֶׂה מְלָאכָה, וּבַיּוֹם הַשְּׁבִיעִי שַׁבַּת שַׁבָּתוֹן מִקְרָא-קֹדֶשׁ, כָּל-מְלָאכָה לֹא תַעֲשׂוּ: שַׁבָּת הִוא לַיהוָה, בְּכֹל מוֹשְׁבֹתֵיכֶם.


 人の子は安息日にも主だ。―――新約聖書『マルコによる福音書』2-28

(”Therefore the Son of Man is also Lord od the Sabbath.”)


 かれ(堕天使イブリース)は言った。「主よ、では彼ら(人間ども)が呼び起こされるその日(復活)まで私を猶予してください」
 かれ(アッラー)は言った。「あなたは猶予される。
 定められたその日まで。」――『クルアーン』15章36〜38節

قَالَ رَبِّ فَأَنظِرْنِي إِلَى يَوْمِ يُبْعَثُونَ
قَالَ فَإِنَّكَ مِنَ الْمُنظَرِينَ
إِلَى يَومِ الْوَقْتِ الْمَعْلُومِ


 まもなく菩薩(ゴータマ)はそれまで行っていた苛酷な断食をすっぱりやめ、米麦と炒麦の粥を少し食べ、十分な力をつけた。―――大正蔵第二二巻「四分律」781ページ


 義なる者たちのフラワシにして最強なるものは、スピターマよ、
 それは最初の教師たちのもの、あるいはそれは、未だ生まれざる人々のもの、更新者サオシュヤントたちのものなり。―――『アヴェスター』フラワルディーン・ヤシュト第1節17