十本指のブログ

十は残りのもの。残りのものには至福がある。

ゾロアスターお兄ちゃんと弟ブッダ

ゾロアスターという人物は、ブッダという人物に対してお兄ちゃんの位置にいる。

――と言うとあまりに唐突に聞こえるかもしれない。日本では、インド人とイラン人が共通の民族アーリア人であること、ゾロアスター教ゾロアスターが古代ペルシャ人(イラン人)であることさえ、ほとんど知られていないから。なので、私は少しだけゾロアスターについて語ってみようと思う。


ゾロアスターゾロアスターとは紀元前13世紀から紀元前7世紀あたりに活躍したと言われている人物だ。ゾロアスターは、モーツァルトの『魔笛』に登場する太陽の司祭”ザラストロ”、ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』の”ツァラトゥストラ”のモデル、古代ペルシャ人だ。ゾロアスターが創始したゾロアスター教は、拝火教(はいかきょう)とも呼ばれる。

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(太陽の司祭ザラストロと夜の女王の娘パミーナ)


ゾロアスターは聞いたことがないし、日本には影響がない…と思いきや、日本に決定的な影響を与えている。なぜなら、”お焚き上げ”や”お地蔵さん”や”念仏を唱える仏教”は、ゾロアスターがいなければ存在していないから。おそらくは日本の神道の浄めである”禊(みそぎ)”もゾロアスターがいなければ無かっただろう。


どういうことだろうか?ゾロアスターは、<救世主>という観念を世界にもたらした宗教改革者だった。つまり、ユダヤ教の「メシア」、キリスト教の「キリスト」、仏教の「ミロク(やお地蔵さん)」、イスラーム教の「マフディー」といった救世主は全て、ゾロアスターが発案…光の神アフラ・マズダーから啓示されたサオシュヤント(救世主)を起源としている。なにせ、人類はそれまでそんな【みんなを救う人間】などということを考えもしなかったのだから。もしも、”ヒーロー”と聞いて【みんなを救う人】と思うなら、それはゾロアスターのおかげさまで、と言える。


また、ゾロアスターは、世界の終わりである<終末>、終末が来た時に人類みんながら生き返る<復活>、復活した全員が神から正当な評価を受ける<最後の審判>という観念を世界にもたらした。これがキリスト教イスラーム教に決定的な影響を与えているのは言うまでもない。そもそも、救世主自体が「世界の終わり」と結びついている。キリスト教のイエスは、ある種の終わりの先取りとしてやって来て、全人類の復活は本当にあるよ的なメッセージも含めて<復活>したのだが、それはまた別の話。


さらに、ゾロアスターは、それまで力任せでいい加減だった神々というグループを、善神グループのアフラ、悪神グループのダエーワに分けた。この影響下において、ユダヤ教キリスト教イスラーム教における<天使/悪魔>という区別が生まれた。

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そして、日本においては、「智慧の炎」とされる密教護摩は、「正義の火アータル」の影響、良く言えばインスパイア、悪く言えばパクリとして生まれたものだ。また、仏教の身口意はやはりゾロアスターの「善思・善語・善行」の影響で生まれたものだ。


ゾロアスターが生きた時代を最も新しい紀元前7世紀と想定したとしても、紀元前5世紀ころのシャカよりは先に生まれている。


また、ゾロアスターの話をしていくとどうしても、「ゾロアスター仏教よりすごい」「イランはインドよりすごい」という話になってしまう。現代においても、インドの経済と政治を支配するのは、パールシー(ゾロアスター教徒)なのだから。インドを支配しているのは、ヒンズー教でも仏教でもヨーガでもない、ゾロアスター教なのだ。


現代的な意味でのゾロアスターの優位性だけでなく、日本仏教の本質的なところ、重要な部分がゾロアスターお兄ちゃんによっかかっている。


念仏を唱えて民が救われるというのは、神に祈らない、むしろ神々に平伏される超人的な人間として生きた修行者ブッダという生き方からあまりにもかけ離れている。それは、アフラ・マズダーという神に対して真言(マンスラ)を祈って救われるゾロアスター教徒に近い。歴史的なブッダは人間であり、神ではないし、「民を救う」などという行動原理を本質に持っていなかった。だから、仏教において「民を救ってくれる仏様」という弥勒菩薩、お地蔵様的なものは、仏教ではなくゾロアスター教に由来する後づけ要素である。

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また、仏教で言う後光、仏像の後ろにある輪や炎のようなものは、ゾロアスター教の<光輪(クワルナフ)>に起因する。光輪はキリスト教においては「天使の輪」になった。天使そのものがゾロアスター教由来だから天使の輪もゾロアスター教からというわけだ。

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しかし、ゾロアスター教から直接ではなく、マニ教ミトラ教景教キリスト教ネストリウス派)越しでの影響のために、日本では根源であるゾロアスターについて言及されることが少ない。日本で1月15日に行われる火祭り、どんど焼きやさいとやきは、キリスト教景教)経由でのゾロアスター教のお祭りが起源とされる。景教は三位一体を中心とするキリスト教徒に追い出され、イランに居た過去があるために、ゾロアスター教の影響を受けた。左義長、雅楽の『打球楽』はペルシャゾロアスター)起源である。


それよりも、これだけ並べ立てられたら、憲法十七条の「三宝仏教の仏・法・僧)」を敬えとか、日本仏教って何だったの?日本の伝統、日本の歴史って何だったの?という心情が先に立つのかもしれない。もう聞きたくないと思ったり、あるいは逆にもっと聞きたい!と思うのかもしれない。

私はチラっと「日本の禊もゾロアスターのおかげ」的なことを言った。それは、ゾロアスター教が”浄め”を何にもまして重視することを踏まえてのことだ。特に【死体に触れた人への浄め】について。ただ、この点に関してはゾロアスターの発案ではなく他の文化圏が起源である可能性もある。


ともあれ、仏教からゾロアスター教由来の要素、民を救う、念仏を唱える、護摩、後光、【断食をやめる】を差し引いたら、一体何が残るだろうか?大乗仏教どころか、ブッダの悟りすら消滅する。そういう意味で、私はゾロアスターブッダのお兄ちゃんと呼ぶ。

愚弟ブッダ、愚弟インドは賢兄イランに反抗期なのでこんなことを言う。「正義はやり過ぎると悪になる」「良い神はデーヴァだ、悪い神はアシュラだ(お兄ちゃんの逆)」と。まーだインド・ブッダという愚弟は、「正義という火を世界にもたらして世界を二分した」ゾロアスターお兄ちゃん離れができないらしい。しかし、現実のインドはパールシー(ゾロアスター教徒)が経営するホワイト大企業タタ・グループがいないとダメな弟なのであった…。


それにしても、イスラーム教徒の私がなぜこんなにゾロアスター教を押すのか気になる人もいるかもしれない。その理由は「私はゾロアスターがなんとなく大好きだから!」だ。ゾロアスターはカッコいいし、その聖典である『アヴェスター』の内容もやたらとカッコいい。私が信じるのはあくまでひとりの神であり、二人のうちの片割れではないが、それでもゾロアスター教の影響は無視するにはあまりにも大きすぎるし、無視や無関心はフェアではない。私が大好きなスフラワルディーというイスラーム神秘哲学者がゾロアスター押しというのもある。


イランはゾロアスターで終わらず、イスラーム化した後、シーア派として活躍し、今も活躍している。イスラームの美術や建築や哲学や詩などの文化面はほとんど「イラン人」によるものだ。イラン人は「極度に幻想的で、極度に論理的」という二つの高度な性質を併せ持った王的な民族だ。ただし、イラン人は、あまりにも優秀すぎて政治的・軍事的に悲劇を歩んでしまう面もある。


くり返し言おう。ゾロアスターブッダに対して兄、イランはインドに対して”お兄ちゃん”ポジションにある。日本人は、ダメな弟ばかりに加担しすぎて、光の王であるイラン兄、正義の味方そのものを忘れてしまった。そろそろ、日本はダメ男(ブッダ・インド)から離れて、偉大さの源であるお兄ちゃんに頼ってもいい時期が来たのではないだろうか。太陽の光、月の光、星の光はゾロアスターお兄ちゃんを通じて見い出せる。また、ゾロアスターの光はイスラーム教のシーア派という光になり、現在も輝いている。



 彼らの富と光輝により、集会にてその言が聞かれる雄弁なる男が生まれるであろう。
 彼は、その知恵を望まれる者、
 彼は、敗北者ガウタマの征服者として論争より立ち去る者なり。
 彼らの富と光輝により、太陽はその路を行く、
 彼らの富と光輝により、月はその路を行く。
 彼らの富と光輝により、星辰はその路を行く。

―――『アヴェスター』フラワルディーン・ヤシュトより