ヒストールのブログ

弁護士バッジは「秤⚖」

聖書の「正義」は「ジャスティス」ではない

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聖書の「正義」は十字軍で敵国を襲う「正義」、
「俺たちがジャステスだ!」と叫ぶイメージと逆だ。
聖書の「正義」は頭悪いハリウッド映画とは違う━━


ハロー、エヴリワン。
日本人は、聖書の神が「ジャステス(justice)」中心と思いがちだ。
だが、そのイメージは完全に間違っている。なぜなら、英語訳聖書は「justice」の
言葉自体がほとんど丶丶丶丶丶丶丶丶丶出てこない丶丶丶丶丶から。古典的な欽定訳で「justice」は【28回】し 丶丶丶 丶
か出てこない丶丶丶丶丶丶。「justice」は、

GENESIS(創世記)』には【1回】 (最少)
『Isaiah(イザヤ書)』ですら【6回】 (最多)

しか出てこない。


では、日本語訳聖書で「正しい」「正しさ」「義」「正義」と訳されている箇所、
英語訳聖書では何と書かれているのだろうか?


“righteous”
“righteousness”


この二つは欽定訳で合計【510回】出てくる。もしもこの二つが「読めない」か
「どういう文脈で使うのかわからない」「はじめて聞いた」人は、聖書の「正しい」
「正しさ」「義」「正義」が全くわからない。これらは2000年以上の蓄積があり、
“right”、日本人が「権利」と誤訳している「正義」かつ返事(肯く)・語尾・“右”を生んだ

聖書の「義」から生まれた“right”を「権利」と誤訳する限り、聖書の「正義」は全く
わからない。「権利」は完全な誤訳と誤用で、rightとして使えない。Rightの日常語


「正に(返事)」 ※「イエス(yes)よりよく使う」
「正に〜だよね?(語尾)」
「右」

に「権利」を当てはめれば頭のおかしい人と思われるだろう。
Rightは「権」と「利」の真逆、「全員が持っているもの」のことだ。
“Right”を普段使いしないと、聖書の「正義」と「ジャステス丶丶丶丶丶」が両方わからない。
エス(Yes)よりよく使う日常語を「権利」と堅苦しく誤訳する田舎人種は、
聖書の「正義」と「ジャステス丶丶丶丶丶」が両方わからない。


「”justice”と”righteousness”は違うのですか?」と聞く人や黙って無知を隠す人は、
現状、キリスト教ユダヤ教が全く分かっていない。「義」は原文のヘブライ語では

「ツェデク(צֶדֶק)」     男性形の「義」
「ツェダーカー(צְדָקָה)」   女性形の「義」

に分かれている。英語もわからない日本人にヘブライ語理解は難しいし、無理だ。


ツェデクまたはツェダーカー、神の「義」とはなんだろうか?
聖書の「ライチャスネス」は1600年間こう言われ続けている。

「善は有る。悪は無い。」

これを理解するには、聖書の【一(唯一)】理解が要る。
なぜならこの善は善悪二つの内の一つではないから。
これはアメリカが悪の国と戦って得られる善ではなく、日本人が「空気読めない悪」を犠牲に得られる多数派の善や平和でない。

唯一なる神の【一】は0,1,2,3,4,5,6,7,8,9の「1」ではない。
神は、物理的にも概念的にも分割不可能である【一】。
≪部分や全体を持たない≫。部分に分割できぬ【一】。
十進法には分割できず、二進法には分割できぬ【一】。

そんな唯一なる神の義もまた「一つ」だ。
神の「義」は「善悪」という二つのうちの一つではない。
神の「義」は十字軍で戦って殺して得られる国の丶丶」ではない。
神の「義」は、日本人が語る国的な「正義」丶丶丶 丶丶 に当てはまらない


「日本の神仏が鬼や天狗や阿修羅に勝つ/負ける」
「国家が国家に戦争で勝つ/負ける」
「人が人と争いや議論や試合をして勝つ/負ける」


では動かない義が聖書の「ライチャスネス」だ。
つまり聖書の「ライチャスネス」は日本人が考える「ジャステス」と逆だ。
十字軍で敵国を襲う「俺たちがジャステスだ!」の妄想と逆だ。


・日本がアメリカに負けた太平洋戦争
アメリカがベトナムに負けたベトナム戦争
イラクアメリカに負けたイラク戦争


聖書の神の「ライチャスネス」はどの国家にもない。
国同士の戦争の勝敗で動かない「ライチャスネス」がツェデク、ツェダーカーだ。
聖書の「ライチャスネス」は戦争はもちろん、時代劇や仮面ライダーや神話では伝えられない。

お上の側にいる侍が悪党を退治しても、殿や民や世間は「ライチャスネス」を得られない。
仮面ライダーが怪人や悪いライダーや悪の組織を倒しても「ライチャスネス」を得られない。
ギリシャ神話の英雄ペルセウスが、アテナの盾を使って、前の神話でポセイドンの妻だった
メドゥーサ(女王の意)を殺しても、神々や英雄は「ライチャスネス」を得られない。


では神の「ライチャスネス」は唯一なのに、なぜ男性形と女性形の「二つ」があるのか?
それは人間が男と女のどちらかでありながら

「二人合わせてアダムである」

ことと似ている。これも日本人には難しく、理解できない。
日本人は「アダム」を理解するための教養や用語や環境がない。
日本人は「アダム」理解を宙吊りにしてモヤモヤするしかない。


さて、話を「正義」に戻そう。
日本人の考える「正義」はだいたい次のようになるだろう。

①国家の憲法や法律や条約によって決まる。
②人や国の話し合いの結果によって決まる。
③戦争や議論や場の空気に勝った側が決める。
④人それぞれ国それぞれ意見や立場が違う。正義は相対的なもの。

しかし、この①〜④は、聖書の「righteous」「righteousness」
には全く当てはまらない。この2語は、①〜④以外でしか理解できない。

この時点で、日本人の99%以上が知識人層も含めて、理解できない。

聖書の『ライチャスネス』は国家の憲法や法律や条約では動かない
聖書の『ライチャスネス』は人や国家の話し合いでは動かない
聖書の『ライチャスネス』は戦争や議論やケンカや試合の勝利で得られない
聖書の『ライチャスネス』は人(国家)それぞれでない

と聞いて、日本人はすぐ理解できるだろうか?
日本人は長く考えれば理解できるだろうか?
日本人では頭や心がついてこれないだろう。


私はここまで「ライチャスネス」が「ジャステス丶丶丶丶丶」とハッキリ分かれている印象を
与える文章を書いてきた。が、実際はそこまでハッキリ分かれていない。
根っこと花の違いのようなものだ。土の下に聖書の「ライチャスネス」の根があり、
土の上にはアメリカ的な「ジャステス丶丶丶丶丶」の花が咲いている。そんなイメージ。
プレジデントが「聖書に手を置いて」就任する国の【正義】は「ライチャスネス」の
影響を受けている。しかし日本の新聞やTVにライチャスネスを理解して話す層はいない
形容詞「ライチャス」は、会話やニュースや映画やドラマや本やコミックやアニメにも
出てくるが、日本人はわからない。日本の映画や娯楽に「ライチャス」はない。

日本の漫画家、手塚治虫さいとうたかを石ノ森章太郎高橋留美子あだち充
藤田和日郎諫山創荒川弘鳥山明尾田栄一郎秋本治荒木飛呂彦岸本斉史
堀越耕平森川ジョージ板垣恵介が「ライチャス」「ライチャスネス」を描いたことは
ない。

日本のアニメ映画監督、宮崎駿押井守庵野秀明新海誠が「ライチャス」「ライチャ
スネス」を表現したことはない。

日本の文学者、森鷗外夏目漱石芥川龍之介宮澤賢治三島由紀夫太宰治辻潤
中島敦川端康成遠藤周作坂口安吾谷崎潤一郎安部公房中上健次は「ライチャス」
「ライチャスネス」を全く書いていない。

日本の哲学者、西周西田幾多郎九鬼周造和辻哲郎井筒俊彦も「ライチャス」
「ライチャスネス」を全く書いていない。

日本の小説家やライトノベル作家やなろう小説家で「ライチャス」「ライチャスネス」
を書く者は誰もいない。村上春樹村上龍西尾維新奈須きのこ虚淵玄は書けない。

日本の批評家に「ライチャス」「ライチャスネス」を理解し書いた者は誰もいない。
小林秀雄浅田彰柄谷行人東浩紀、誰も書けない。


日本語の蓄積では聖書の「ライチャスネス」やジャステス丶丶丶丶丶は全くわからない。
両方とも、仮面ライダーや特撮やマンガやアニメやゲームやライトノベルにない「正義」。
両方とも、十七条憲法御成敗式目や分国法や武家諸法度大日本帝国憲法にない「正義」
両方とも、今の日本国憲法や警察や裁判所や新聞やTVにない「正義」。
両方とも、日本神話や儒教老荘思想五行思想密教大乗仏教や禅にない「正義」。
日本や中国や仏教の内側を探しても「righteous」「righteousness」「justice」は無い。


「権利(right)」の誤訳を振りかざして知ったかぶる限り、
「正に(right)」を肯きや語尾や右として普段使いしない限り、
日本人は聖書の「ライチャスネス」と「ジャステス丶丶丶丶丶」が両方わからないままだ。


自衛隊で自衛せずアメリカ軍に依存して独り立ちしない幼児国ジャパン。
幼児的なジャパニーズが想像する「正義」や「ジャステス」は嘘と妄想。
幼児的な日本人の言う「正義」や「ジャステス」は全て偽物だ。


日本人は十字軍やコンキスタドールやハリウッド映画から連想する妄想で生き、
ライトを権利と誤訳し、ライトを守らない国の内輪でみじめな一生を終える。
日本民族は誰も「ライチャスネス」とジャステス丶丶丶丶丶がわからない。

日本国民は誤訳「正義」を理解するためにここ150年何の努力もしていない。日本民族は「正義」「ライチャスネス」と「ジャステス丶丶丶丶丶」と「ライト」を全くわかろうとしていないのだから全ての「正義」がわからないのは当たり前だ。

わかろうとしない、わかる努力をしない、受け入れない、知ったかぶる、黙って考えるのをやめる、被害妄想する。日本民族は皆「正義」に対してこのようだ。

Come thou and all thy house into the ark;
for thee have I seen 《righteous》 before me in this generation.

主はノアに仰せられた。
「あなたとあなたの全家族とは、箱舟に入りなさい。
あなたがこの時代にあって、わたしの前に《正しい》のを、
わたしが見たからである。