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【聖書翻訳を考える】Lordは「大殿(オオトノ)」「大君(タイクン/オオキミ)」

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侍と大名と将軍の精算

 

 聖書翻訳を考えるメモ書き。

 

侍と大名と将軍を精算しなければ日本人にクリスチャンは一人もいない

 

私はタナハやニュー・テスタメントを調べれば調べるほど、全ての日本語訳聖書が意訳ですらないと痛感する。本格的な翻訳どころか意訳すら、日本人には数百年は無理かもしれない。最も、ヘブライ語の復活でカトリック(catholic)のラテン語訳(vulgata)すら誤訳だらけとわかる時代だから、ラテン語訳や英語訳なら良いとも言えない。

 

と言っても何もせずにいるのは違う。「ロード(Lord)」の原語「アドーナーイ(אֲדֹנָי)」の翻訳は、「大殿(オオトノ)」「大君(タイクン/オオキミ)」が良いだろう。徳川将軍や大名を神のように奉り、人を民に格下げした過去こそが過ちだ。今、人を国民に格下げしている今こそが過ちだ。世界に民という下々用語はない。世界に国民や人民や庶民や民間人という差別用語はない。自覚すらない馬鹿一億二千万人の現状は甚だおかしい。過去の地方領主として、封筒や手紙の宛先としてそれなりの敬意を残す言葉「殿(トノ)」を「ロード(Lord)」に当て嵌めるべきだろう。「LOAD(יהוה)」の方は「天皇(アマノスメラギ)」「天帝(アマノミカド)」「大王(オオキミ)」「御主(ミヌシ)」「大貴(オオムチ)」と特別感を出すか「チ」を使うか悩みどころだから保留しておく。かんたんに普及しそうなのは「大殿(オオトノ)」「大君(タイクン/オオキミ)」だ。完全な造語では敬意を表せないし、武士や将軍に関する幻想の精算がなければ、日本は老害化が進むだけだ。専門的な、小さな団体の枠内で世間様に迷惑をかけないように…という流れは老害の加担であり、ブラック企業やいじめへの黙殺や無関心という負の流れと癒着している。悪や罪への黙殺や無関心は老害老害キッズや純粋に悪い意味でイナカモノだ。「神の国」や「天の国」というコイネーギリシャ語への誤訳を含めて課題はたくさんある。

 

長いもの、世間様、お客様、お天道さま、富士山🗻などの誤った崇拝の精算も考えなければクリスチャンですらない。聖書にない民、兄弟姉妹、人称的な敬語を続けた儒者内村鑑三をクリスチャンの枠外に除けるべきだ。LOAD、Lord、Godは人に民、兄弟姉妹の区別をつくらない。内村鑑三は江戸時代の過ちの続き、儒者だ。彼はクリスチャンではない。武士や天皇への憧れを残すサタナース(Σατανᾶς)はまさに馬頭の馬鹿野郎だ。新選組を美化してめそめそするのは、日本一の泣きみそ(※岡田以蔵)のようだし、近代化のはずが武士道を語る新渡戸稲造はハンパ者にすぎる。

 

侍と大名と将軍を精算しなければ日本人にクリスチャンは一人もいない

 

個から、家から、村から、町から、市から、都から、道から、府から、県から、公から、侍と大名と将軍の残滓を消し去るべし。