ヒストールのブログ

聖書・チェンソー・呪術

ラテン語やラテン文字は難しい…復元できるだろうか?

 ラテン単語は、頭文字がサンスクリット語、インド・ヨーロッパ語でその後がギリシャ文字の合成語というパターンがある。ラテン語で書かれたローマ神話は、ギリシャを超えるために複雑な仕掛けがあるが、煩瑣でもあり、その一方で娯楽じみている。ナルシストやエコーの元になったナルキッソスエーコー。蝋で固めた鳥の羽で太陽に向かうイカロス。触れたもの全てが黄金になるミダス王。ローマのキーウィスならいざ知らず、今サンスクリット語ギリシャ語と娯楽の三つを受け取ろうとする人々はいない。アメリカやフランスやイングランドの富裕層かつカルチヴェイシャンでも無理だ。

 

 ……私は英語がラテン語を制覇したプロセスをよく知らない。ただ、私は今の英語作家がラテン語ギリシャ語やヘブライ語を使っていた昔の文章家たちよりきわめて頭が悪いことはよくわかる。昔の最高の文章家たちは、一文字ごとに意がある単語を駆使して文章を組み立てた。今、英語の一文字ごとの意を慮って本を書く人はいない……。

 

 アメリカ合州国の次に新しい国か国の先があるとすれば、英語ではない別の語が口語と文語になった処だろう。それは過去の語の復活かもしれない。ラテン語であれ、コイネーギリシャ語であれ、アラム語ヘブライ語であれ、アラビア語であれ、それらの意がわからない者たち━━無知なる支配層や無知なる大衆━━によって国やツードを超えた公用語としての地位を失った。だが、これらの価値を理解した“時代”は一つもない。“時代”はいつも無知なる支配層や無知なる大衆しかなく、知による“時代”はない。いや…例外的にイスラーム初期は知なる支配層が続出したが、彼らは“時代”とは別の位置を占め、“時代”によって殺されもした。結局のところ、“時代”はいつも無知なる者しかいない。今日ですら、マス・サイカラジィあるいはモブ・サイカラジィを克服する“時代”の兆候は全くない。

 

 いわゆる啓蒙思想Enlightenmentという単語と風潮はきわめて頭が悪い。Enlightenmentは馬鹿を上手に騙す馬鹿によって成立した流れで、知も賢も識もないからだ。私は王や貴族や聖職者などの特権を復活させる気は全くないが、それらに代わる場とその場を支持する生きた仕組みが要ると考える。いまだに“時代”が過去を超えたことは一度もない。“時代”が過去を超える仕組み、全ての国が一度もやらなかった試みは行い得るだろうか?

 

 私はどこか一点に向かっている。だが私は今まであるどの分野や国とは全く違う道を使っている。この道はきっと“天につながりはじまる狭き門丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶”だが、某フランス人が生涯わからなかった言葉の道だ。ラテン語やコイネーギリシャ語やアラム語ヘブライ語の再建はうまくいくだろうか…。