ヒストールのブログ

ここは新葦原中邦の島

【もののけ姫】アシタカが土蜘蛛のようなイノシシを倒す浅薄さ

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本当はおいしいタタリガミ


 やあ、みんな。わたしのユーザーネームはヒストール、よろしくね。

 これは『もののけ姫』の酷評記事。土蜘蛛やイノシシ🐗や日本に関して教養カルトヴェイシャンのある人向け。古今東西の物語を普通に読む人向け。

 

 アニメ映画『もののけ姫』。主人公アシタカは冒頭で村を襲うタタリガミを殺す。しかし、その際にタタられてしまう。ここは冒頭のシーンなのであまり顧みられないが、ひどく「保守的」なシーンだ。宮崎駿はこのイノシシを「土蜘蛛」として描いている。土蜘蛛とは大和ヤマト朝廷にまつろわぬもの、大和ヤマトの敵だ。おそらくは敵対勢力を怪物になぞらえたもので、古くは「土雲」と書き、蜘蛛ではなかった。そして、土蜘蛛退治と言えば、酒呑童子を退治した源頼光(948-1021)の物語が有名だ。『平家物語』剣巻では源頼光の刀、膝丸は「蜘蛛切」とも呼ばれ、天皇位を保証する草薙剣に次ぐ権威ある刀とされ、「薄緑」と改名されて源義経に渡り、現存している。さて、大和ヤマト朝廷や源氏の棟梁が退治した「土蜘蛛」が、エミシのアシタカの「土蜘蛛」退治に変わることに何の意義があるだろうか?アシタカが大和の源氏のように「土蜘蛛」を退治するなら、アシタカが大和ヤマトではないエミシであり、作中に侍を描かないことに、何の価値も出ない。それこそ土蜘蛛退治する大和ヤマトの誰かか、源頼光を描けばいい。

 

 アシタカのいる村をよく見ると、大和ヤマト的だ。高齢の「姫様ひいさま」が神官で、血縁でないサヤがアシタカを「兄様あにさま」と呼ぶ。兄弟姉妹は中国や南北朝鮮や日本などに限られた上下階級で、西洋や中東やインドにはそれらの単語がない。「様」も漢字圏独特の敬称と上下階級だ。姉アマテラスか自分の地位を脅かしかねない弟スサノオを追放したように、姉ではないが━━「姫様ひいさま」がアシタカを追放する。要するに、物語はエミシでなくても成立する。もののけ姫』は追放された大和ヤマト王子物語でもいいわけだ。

 

 なぜ『もののけ姫』もとい本来のタイトル『アシタカせっ記』はエミシのアシタカでなければならないのか?作品から少し離れたたたら場の話をしよう。ヤマタノオロチから草薙剣もとい天叢雲剣が出る。天叢雲剣に次ぐ権威ある膝丸(蜘蛛切)と髭切(鬼丸)は、異朝の業で作られた。桃太郎の鬼の原型とされる温羅は、製鉄に優れた君主(人間)だった。つまり、たたら場━━製鉄技術は、日本の技術ではない。製鉄は、ヤマタノオロチや鬼と呼ばれた側の技術だ。日本に侵略された側が持っていた。権威もまた然り。天皇天皇たらしめる権威、源氏を源氏たらしめる権威は、日本に無かった。ゆえに天叢雲剣も、天叢雲剣に次ぐ権威ある膝丸(蜘蛛切)や髭切(鬼丸)も、日本ではない異朝の業に由来する。そして、源頼光が退治する酒呑童子は、ヤマタノオロチの子とされる。さて、アシタカの村であれ、エボシのたたら場であれ、「天皇や源氏の権威の源」という描写はない。九州の土蜘蛛もとい土雲は逆に、ヒミコのように女君主を戴く国々、本当のヤマト側だ。九州のヤマトには、中華の正史通り、3世紀の墓から━━身分の低い者も含め━━絹が出土し、その墓はヒメヒコ制(姉の姫がえらい、弟の彦が次ぐ)だ。だが近畿の新しい大和ヤマトは、身分の高い者の墓や銅鐸などの神具にも絹が出土せず、8世紀になっても絹を税として納められず、ヒメヒコ制の墓もない。日本は真のヤマト側ではない。だから近畿には、ヒメヒコ(天照-素戔嗚尊、ヒミコと弟)の墓がなく、絹がなく、製鉄技術がなく、天皇天皇たらしめる権威の源がない。平安京の造営は、渡来人こと華夏(中華の人)の秦氏に便り、米の神社も米酒の神社も秦氏が創建した。京都も米も酒も渡来人頼り。もののけ姫』は、アシタカヒコや「姫様ひいさま」を少しだけ使うが、こういったヒメヒコ制、絹のある真ヤマト(ヤマト)、絹のない偽ヤマト(大和ヤマト)、草薙剣、刀、酒、米、京都に関する知恵や考察がなく、オロチや土雲(土蜘蛛)や鬼やイノシシへの造詣が浅い。もののけ姫』のイノシシが土蜘蛛、エミシのアシタカというアイディアは実に薄っぺらい。

 

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Fate/Grand Order』のトゥルッフ・トゥルウィス

 イノシシそのものについて語るには相当な長文がいるが、『もののけ姫』のイノシシ描写は実に薄っぺらいので、並べて語る価値がない。『もののけ姫』のイノシシは、大和ヤマトとエミシの区別ができない馬鹿なタタリガミ、【小さく馬鹿になりつつある】種族で、カミと呼ぶに価しない。宮崎駿はイノシシを知らずにイノシシを過小評価して描き、ヘブライやエラダ(ギリシャ)やラテン(ローマ)や英語の文脈の「豚」を知らずに『紅の豚』、『千と千尋の神隠し』の豚になった両親を描く。宮崎駿は、エラダ(ギリシャ)やラテン(ローマ)で英雄が退治するイノシシについて何も知らない。宮崎駿は、「コーンウォールの猪(the Boar of Cornwall)」と呼ばれるアーサー王が、イノシシのトゥルッフ・トゥルウィスを退治する物語の内意を知らない。宮崎駿は『3匹の子ぶた』すら何もわからない。宮崎駿は、西洋っぽいアニメ映画を描いても、西洋ファンタジーについて何も知らない。豚もイノシシも知らない宮崎駿アニメの深みは、東洋や西洋のカルチャーとつながっていない。

 

 ヤマトであれアイヌであれウチナーンチュであれ、エラダ(ギリシャ)であれラテン(ローマ)であれ、浅くて薄い宮崎駿アニメとは比較にならない豊かさを持っている。私は島々の人々が下らないスタジオジブリを卒業し、まともなアニメ映画を作ればいいと思う。

 

 日本人でイノシシや豚を理解して文学リタラチャーを書いた文学者はまだ一人もいない。日本では、西洋の神話も聖書も騎士道物語もフェアリーテイルもJ・R・R・トールキンのファンタジーもジョージ・マクドナルドの姫とゴブリンの物語も何一つ理解されていない。北米やイングランドのインテリすら古き良きカルトヴェイシャン(教養)を失い、トールキンやジョージを理解できない。なぜユダヤ人がジー(חֲזִיר)を食べないのか、なぜムスリムヒンジー(خِنْزِير)を食べないのか、なぜクリスチャンがコイロス(χοῖρος)を食べるのか、わたしは様々な記事で繰り返し書いてきたが、誰もわからないようだ。豚は、トールキンの「オーク」、『3匹の子ぶた』、日本でも名が知れた悪魔レギオーン、悪魔アモン、魔王アスモデウス、天使ラファエル、フリーメーソンの開祖ヒラムにつながるのにだ。専門家やオカルト好きな人も知らないのだからどうしようもないが。

 

 知りもしないイノシシや豚をそれっぽく描いても、浅くて薄いスタジオジブリ映画に本当の価値は出ない。しょせん、子供だましだ。古今東西、繰り返し繰り返し繰り返し、イノシシや豚について分かりやすく書かれていても、原語を調べずにそれっぽく観客を騙せばいいやという態度を取る者は一生何も知らずに死ぬ知ったかぶりをせず原語や原典を調べろ。誰でもわかる。エンターテイメントでもリタラチャーでもノヴェルでも、まともな下調べが要る。何も知らずに、ゴブリンだ、オークだ、エルフだ、豚だ、イノシシだと書(描)いていても、自分から原語と原典を調べない限り一生何もわからない。知ったかぶりのアニメや漫画や小説は、知る者の物語には勝てない。日本人の勤勉や努力やファンタジーは口だけで何の中身もない。

 

 いつ日本に本物のファンタジーが書かれ描かれるだろう?いまだ日本にファンタジー作品は一つもない。まずはエラダ(ギリシャ)語の一文字ずつに基づいて神話ムーソロギアー聖書ヴィヴリア悲劇トラゴーイディアー喜劇コーモーイディアーから訳さなければ何も始まらない。

 

Εἰσέλθατε διὰ τῆς στενῆς πύλης

天に通じる狭き門から入り初めよ。━━マタイⅦ-ⅢⅩ