老害とキッズの「空気読め」「政治の話をするな」を潰す
ハロー、エヴリワン。
これは「空気」「政治」という英語由来の全文字誤訳を誤用する老害と老害キッズを潰し、轢き、切る話。
※「」の語は英語から造られた全文字誤訳。
世界に、欧米露や中東や中国や韓国に【「空気」読め】【「政治」の話をするな】という頭のおかしいアンチルールはない。それ以前に、「空気」は英語誤訳。Airは呼吸も含む気体“吹き”のことで、動詞てしてはオピニオンを皆の前で“吹く(言う)”こと。エアは皆の前でオピニオンを言う、言っていいことで、【皆の前で黙れ】という頭のおかしい強制と逆。ポリティクスは、我々、ザ・ピープル(ピープルではない)やシチズンのこと。ザ・ピープルやシチズンは、選挙を考え、選挙を行う人のこと。「政治」や選挙を避ける「国民」「市民」はザ・ピープルやシチズンではない。
「自由」「権利」「意見」「交換」「感情」「表現」「思考」「批判」「議論」「文化」「歴史」すら江戸時代にない非日本語。これらは英語から造られた全文字誤訳かつ誤用。だから、日本人は「意見交換」できない。「感情表現」できない。「思考」できない。「批判」できない。「議論」できない。「文化」の話ができない。「歴史」の話ができない。「批判」「空気」すら不「自由」な押しつけにしか使えない。「権利」を認めない。また、日本人に日本なりの「国民」性や「民族」性もない。なぜなら、全て明治初期に造った薄っぺらな誤訳と誤用だから。140年分の全文字誤訳と誤用は、全て雪ぐべき生き恥。【「空気」読め】【「政治」の話をするな】と言う大人やキッズは、どこにもいてはいけない。
しかし、実のところ━━人や国のベースが全くない日本人が普通になるには、普通でないやり方しかない。つまり、天皇や皇族のクリスチャン化と天皇の非オフィシャル化、宮内庁と「政府」の廃止、リパブリック化だ。日本人はリパブリックとコミュニズム(共産主義)の区別さえできないので、天皇の非オフィシャル化すら共産主義として誤解しがちだ。日本人はリパブリックを「共和国」「共和制」と誤訳し、レヴァルーシャンを「革命」と誤訳しているので、日本人はフランスのレヴァルーシャンがわからないし、世界の120ヶ国以上のリパブリックを1ヶ国も理解していない。私はインテリや海外に移住した日本人ともよく話すが、今までフランスのレヴァルーシャンやアメリカのインデペンデンスを理解した日本人に会ったことがない。私はあらゆる本を読むが、日本の著名人にレヴァルーシャンやインデペンデンスを理解した人を見かけない。大型書店や専門的な書店や古本屋によくある「批評」家や「哲学」者の本は全滅だ。東大や京大の学長や高名な偉人を含めて、日本人はレヴァルーシャンやインデペンデンスがわからない。私のように、バイブルやクルアーンやアラビア語やヘブライ語やアラム語やギリシャ語やラテン語やフランス語や英語や誤訳された現代日本語や国連や各国のコンスタチューシャンや騎士道物語や神話や諸子百家や日本古典やファンタジーやフェアリーテイル込みでモダンを理解しようという日本人はいない。私は人生を変える力込みのソートやアイディアを好む。私は日本人が嫌がり、避け、逃げる分野を突き進む。
【「空気」読め】【「政治」の話をするな】という心の病気を直すには、アメリカやフランスの【キングとサブジェクト廃止】のようにバイブルが要る。ルソーの『デュコン・トラ・ソシアル』やアメリカのインデペンデンスはバイブルの大義でなされた。知識がない日本者はフランスやアメリカを「宗教」無しでできたと思い込むが、それは勘違いだ。フランスやアメリカの【キングとサブジェクト廃止】をバイブルに基づくと理解し、《天皇》《大臣》「国民」を廃止することがモダニズムのリパブリックだ。リパブリックは、《天皇》《大臣》「国民」の廃止としか言えないし、それ以外で行えない。自分を日本「国民」や日本「民族」や庶民だと思ってる日本人は、自分のどこがおかしいか説明されても、何がおかしいかわからない。だからどうしても《民》の語を根絶するしかない。《民》、「民主主義」「国民」「市民」「人民」「公民」「民族」庶民などの語を禁止するしかない。もう一度繰り返すが、「」の語は英語から造られた全文字誤訳だ。誤訳された《民》だけでなく、昔ながらの《民》を根絶しなければ、日本や南北朝鮮や中国や香港や台湾はモダン化できない。今のところ極東のモダンは上っ面だけの偽物だ。
私が言ってるモダンなバイブル利用は、スピリチュアルな、個人や少数のグループ付き合いではなく、日本人全員(そして中国人全員、南北朝鮮人全員)を巻き込む。都会人や地方人も含めて無傷でいられる極東者は一人もいない。日本古典や諸子百家をも含むので、漢字カルチャーそのものに大ダメージがある。私がこんなこんなことを書けるのは、大ダメージ以上の大メリットがあるからだ。ネガティブな破壊が優りそうなら、私はネットに書き込まない。もうインデペンデンス・デイから240年が過ぎた。サンプルは十分にある。アメリカやフランスの負の面が日本や南北朝鮮や中国に起きたとしても、メリットの方がはるかに優る。少なくとも、バイブル込みのリパブリックの徹底で、今日本・南北朝鮮・中国・香港・台湾に起きているインターナショナルなトラブルは大きく改まる。極東人のクリスチャン化は、千二百年前に翻訳されていた景教徒(キリスト結ネストリウス派)の用語“博愛”、“人類”、“平和”、“原人”の再評価を伴う。これはもちろん、日本も深く関わっている。遣唐使だけではなく、日本建国前の秘密に関わる事だ。日本人(や中国人も?)は千二百年前に翻訳されていた“博愛”、“人類”、“平和”、“原人”を明治以降の訳だと思い込むが、その思い込みは千年以上もズレている。明治や安土桃山時代にはじめてキリスト結が来たワケではない。日本建国前から中華の京に景教徒は来ていたし、九州の秦王国(華夏、中央の中華人種)に景教徒がいた。日本人も中国人もビックリするほど自分たちのヒストリーを知らない。だから日本人や中国人はヒストリーとオカルティズムの区別ができない。その無知は学者も一般人も同じ。日本人や中国人が自分たちの過去を知れば、必ずクリスチャンが圧倒的多数派になり、《民》の語は消滅する。だが、何分、日本人も中国人も「古典」「宗教」が苦手で、そうなっていない。
極東者は自分たちの内側にあったイエス・キリストを通じてのみ、真のモダン化を満たせる。逆に言えば、極東者は「古典」「宗教」の原語の文脈と、自分たちのクラッシックやリリジャンを知らない限り、老害になる。西洋や中東に下級層《民》の語はないし、《兄弟》や《姉妹》という上下語もない。バイブルやクルアーンのエールは《民》《皇》《帝》《兄弟》《姉妹》を造らないし、そんな差別もしない。海外に移住した日本人、海外に住んでいた日本人、日本人クリスチャンすら、その基本を理解できない。私が説明して理解した日本人はまだいないが、これから現れるだろうか。
バイブルやクルアーンに限らず、メソポタミア神話やギリシャ神話やローマ神話やインド神話やアヴェスターにも《民》《兄弟》《姉妹》はない。騎士道物語やオペラやファンタジーや童話や映画やドラマや歌の中にも《民》《兄弟》《姉妹》はない。だが、それを理解している極東者は何万人いるだろうか?いや、千人、百人いるか疑わしい。なぜなら、バイブル翻訳や神話翻訳や洋画字幕や洋楽翻訳は全て《民》や兄弟や姉妹のウソ翻訳だから。ここ百年、英語圏はブラザーやシスターよりも性差のないシブリングを使い、その傾向は強まっているが、極東人にシブリングを訳す漢字がない。
英語エンペラーの語源インペラートルは投票や会議や元老院や兵士の支持で決まった。だから昔のローマのインペラートルは血縁で《民》に押しつける《皇帝》《天皇》とは違うし、同時期に将軍に30人以上のインペラートルがいたこともある。ローマから来たインペラートルはヨーロッパ各地にいたために、ヨーロッパ全土に影響を与えた。《民》を通じて示される《皇帝》は、勝手に決める《天皇》より規模的にも漢字的にも格上だが、選挙や支持で決まるローマのインペラートルに劣る。だが日本人は《天皇》がローマのインペラートルに劣り、中華の《皇帝》に劣ると理解していない。日本人は《天皇》《皇帝》インペラートルの3つともわからない。日本人はローマ《皇帝》のウソ誤訳を「教科書」やTV📺や新聞📰や書籍や娯楽で支持する。ローマ《皇帝》の誤訳は日本語訳聖書にまで浸透し、今まで誤りが正されたことはない。
昔のローマや昔のヨーロッパと違い、日本の《和》の「精神」に話し合いはない。《和》や《天皇》は建国から令和までずっと、投票や話し合いをしない上からの押しつけだ。《和》は十七条憲法にある通り“上和らぎ下睦びて”の上下差別に由来する。今の時代から見れば《和》の精神は犯罪かつ悪だ。だが日本人の間に《和》の精神は犯罪かつ悪だ、《天皇》は押しつけだ、ローマのインペラートルは《皇帝》ではない━━という声が広まったことがない。日本人は建国から令和まで話し合いの「精神」を持たない。だから日本人は今でも【「空気」読め】【「政治」の話をするな】で話し合いを防ぎ、押しつけを選ぶ。
昔の極東に選挙はない。だから、《国》《市》《村》《都》《京》のどの字も選挙を伴わない。選挙なき《国》《市》と選挙できない《民》を合わせて「国民」「市民」の語を造っても、「政治」や選挙を避ける「民族」や庶民しかできない。特に日本《民》は【「空気」読め】【「政治」の話をするな】の庶民であり、人ではない。日本《民》は選挙を伴うcity, citoyen, police, politicsは理解できず、それら全てを誤訳し誤用している。シチズンは全ての地域の人がシティガールとシティボーイになることだ。だが、日本では東京や京都だけが京の人で、他は田舎の《民》のまま。「国民」「市民」「人民」ではザ・ピープルやシチズンのスピリットを持てないのだ。
極東は神話や道徳や家庭に《民》《帝》《兄弟》《姉妹》の差別があり、場所は選挙なき《市》《村》《都》《京》しかない。日本の場合、「政治」や選挙を避ける「国民」「市民」という老害やキッズを一掃するには、《和》、《民》、天皇、神話、道徳の価値観全てを石で潰し、車輪で轢き、斧🪓で切って、根絶するしかない。そうしない限り、ジャパニーズは人になれない民モンスターとして生き、民モンスターとして死に続ける。
選挙なき道徳や道教や仏法や神道からモダン化することはできない。なぜなら、これら全て選挙なき不平等の源だからだ。密教や顕教や禅宗や陰陽道や修験道などの多様性は、「選挙なき民」の多様性、豚の多様性であり、人の多様性ではない。極東の価値観を全て潰し、轢き、切り、滅ぼさなければ、極東はモダン化できない。日本人がここ140年でやったのは、モダニズムではなく、江戸時代にない《先輩/後輩》《上司/部下》《目上/目下》《社長/部長/課長》の不平等で洗脳することだった。《先輩/後輩》《上司/部下》《目上/目下》《社長/部長/課長》の不平等を昔からあると思い、「階級」「身分」という英語誤訳を日本語だと勘違いしてる異常者に、どうして平等や「権利」がわかるだろうか?「自然」や自由や平等が仏法用語でも、ネイチャーやリバティやイコールを理解する僧や尼は全くいない。僧や尼は《民》《天皇》《兄弟》《姉妹》というあからさまな不平等、江戸時代にない非日本的な《先輩/後輩》《上司/部下》《目上/目下》《社長/部長/課長》の不平等に無自覚な迷惑者でしかない。いまだに日本民や日本の尼僧は、不「自然」な獣の心、獣の頭で生きている。護摩や独鈷杵や数珠や真言や念仏では誰も救えない。心の内、頭の内、家の内、学の内、遊の内、書の内、国の内から《民》《天皇》《兄弟》《姉妹》《先輩/後輩》《上司/部下》《目上/目下》《社長/部長/課長》を根絶する日まで、日本者は救われない獣だ。
人の外側にハミ出た獣が言う“人それぞれ”に人はいない。国の形を知らない獣が語る“わが国”は国ではない。獣はバイブルを受け入れなけば、ピープルやネイシャンやブラザーやシスターさえわからない。
エローヒームは《民》《皇》《帝》《兄弟》《姉妹》を造らない。
クリエイターとして使えるネイチャーは「自然」ではなく【生】。
ライトは《権》《利》の意を持たない【正直】。
この基本が無ければ、ブラック企業やサービス残業や過労死よる理不尽ライフしかない。吉本興業に契約書がないとか、AKB48やNGT48のアイドルさえヒューマン・ライツが守られない悪習が続く。ヒューマン・ライツの源ネイチャーは、《豊か/貧しい》《多い/少ない》の不平等な用法を持たない。逆に江戸時代になかった翻訳語「自然」は《豊か/貧しい》《多い/少ない》という不平等だけを持つ。日本人は「自然」という不平等地獄を信じ、地獄的な「自然」から出てきた悪魔的な「権利」を信じ、江戸時代に無かった不平等《先輩/後輩》《上司/部下》《目上/目下》《社長/部長/課長》を信じ、欧米にない不平等《教皇》《法王》「大統領」《大臣》「長官」「社長」を信じている。だがそんな偉そうな差別用語は欧米にない。自分はネイチャーや平等を知っていると自称しても、「大統領」《大臣》「長官」「社長」の不平等に騙されているアホは平等を知らない。
結局のところ、万の過ちはエローヒームでしか正せない。私が指摘する数十の過ちさえ、言葉では直らない。極東に天才や優秀な者や柔軟性ある者が出ても、極東がモダン化することはない。エローヒームを受け入れるまで、日本人や南北朝鮮人や中国人や香港人や台湾人ずっと西洋人に負け続ける。モダンの基礎がない極東者が映画やディズニーや童話や「芸術」や「音学」や「哲学」や「文学」や「科学」からスタートしても駄目だ。何も受け入れたくない、【自国語だけで生きたい】は最悪な逃げだ。極東者は地獄的な「自然」《民》《兄弟》《姉妹》から出発する。出発点が地獄なので、極東者は悪魔の頭と怪物の心しか持てない。それゆえ、日本者は世界と江戸時代にない《努力》《頑張る》《仲良し》で洗脳されても気づかない。日本者は今の時代や人類につながらない《努力》《頑張る》《仲良し》を盲信し、悪魔や怪物になっていく。
世界と江戸時代にない《努力》《頑張る》《仲良し》《先輩/後輩》《上司/部下》《目上/目下》《社長/部長/課長》。世界にいない「国民」「市民」「人民」「市民」「公民」「民族」庶民。欧米にいない《教皇》《法王》「大統領」《大臣》「長官」「社長」。世界にない「民主主義」「共和国」「共和制」「自然」「哲学」「文学」「科学」「権利」「政府」「政治」「宗教」「空気」。これらを信じた者は例外無く悪魔や怪物になる。もう一度繰り返すが、「」の語は英語から造られた全文字誤訳だ。万の過ちは歪んだ魂と結びつき、理屈で説得し「感情」に訴えても直らない。億を超える日本民が狂っているので、日本人の間で恋や友情や家族の絆を結んでも魂が歪む。極東の何にもどこにも逃げ場はない。極東の内側にいる限り、ザ・ピープルもパースンもブラザーもシスターもネイチャーもリアルもソーシャルもカンパニーもわからない。
私の話が難しいのではなく、極東者が一生を通じて狂った生き方をしてるから話がややこしくなったのだ。極東がまともにモダニズムを実行していれば、もっと話は簡単だった。モダニズムと言っても、アメリカやフランスやヨーロッパ諸国のようにバイブルありきのモダニズムだ。各人が万の過ちを持ち、国で兆の過ちを持つなら、イエス・キリストの十字架を受け入れなければ、兆の過ちは直せない。兆の過ちを直した日本人はいないし、兆の過ちを直した中国人もいない。千億兆の過ちを直す手は、極東のどこにもない。日本も中華も中枢の裏側でキリスト結ネストリウス派に頼ってきたが、その関わりは劣悪で、まともな代物ではない。だから極東者は最古代以上の力を持ってイエス・キリストの十字架を受け入れるしかない。全ての極東古典や仏法や儒道や老荘や道教を潰し、轢き、切る。
日本人や中国人や韓国人が「聖書を読めない」のは翻訳の中にすら《民》《兄/弟》《姉/妹》という悪魔的な差別用語を使うからだ。英語版バイブルはすごくエモーショナルで、子供でも読める楽しい翻訳が心がけられているし、アートやエピックのカルチャーにあふれた翻訳だ。と言っても、英語から入っても極東のモダン化は起きないし、今後も起きない。あくまで英語版バイブルはビギナークラスだ。私が言うイエス・キリストの十字架の受け入れは、ヘブライ語やアラム語やギリシャ語の【一文字一文字を理解する】綿密でホーリーなもの。極東モダニズムはカトリックやプロテスタントからは起きない。バイブルをジョン・ロックやルソーやトーマス・ペインにつなげる形で理解すること。私が言うバイブル理解は、地が球体と知らなかったアウグスティヌス的「神の国」ではない。モルモンやエホバの証人や新興団体は論外だ。私の語るバイブルは、極東全域のモダニズムを伴うもの。
生ける神(エール・ハイ)に限界はない。生ける神は日本人やウチナーンチュやアイヌや南北朝鮮人や中国人や香港人や台湾人をモダン化する生きた力がある。生ける神は今日の神だ。今日の神は、“昔は良かった”の老人語りで若者を潰すことがない。ピチピチした今日の神、生々しい神よ、アドーナーイ・ツェヴァーオート(万軍の主)よ、我らに力を。