日本人が必ず好きになる「ジャステス」
ハロー、ブラザー、シスター。

今回は、日本人が真逆に勘違いしている「ジャスティス」の話。日本人がジャステスを理解したら最後、みんな公正が好きになる。今、日本人が公正を嫌うのは、【全く逆に勘違い】しているからだ。
日本人がイメージする「ジャスティス」というと、押しつけるもの、振りかざすもの、アメリカの戦争の動機、十字軍の動機だろう。それら全ては勘違いだ。
ジャステスとは何か?それは、「統治される者の同意があるもの」だ。同意があるもの〈だけ〉がジャステスだ。たとえば、学校であるクラスが投票で風紀委員を決める。これは、【一般生徒が風紀委員に同意(公正)を与えている】から、彼らに公正がある。公正の根拠は、みんなの投票という同意だけなのだ。
平等な投票に基づき、人々からある人に与えられるものだけを、民主主義の「ジャスティス(公正)」「パワーズ(権力)」と言う。逆に言えば、近現代ではみんなの同意がないものを「公正」「権力」とは言わない。
大人の社会で言えば、選挙で市長や県知事に与えられる限りにおいて、彼らに「権力」がある。最高裁国民審査において与えられる限りにおいて、裁判所に「公正」がある。もちろん、人々の同意を失えば、彼らは権力や公正を失う。
このように、現代における公正や権力は、平等に基づいた同意によってのみ存在するわけだ。同意なしで押しつけるもの、振りかざすものは「公正」「権力」とは言わない。
しかし、あなたは日本で生きて
「押しつけるものは公正と言わない」
「振りかざすものは権力と言わない」
「みんなの同意があるものだけが公正や権力」
と親や先生から聞いたことはあるだろうか?
新聞やニュースで聞いたことは?
日本の特撮や2次元でそういう表現は?
歌や本では?
インターネットでは…?
そう、全くない。理由は…単純に日本人が公正をわかってないからだ。日本には正義の知ったかぶりと被害妄想しかないのだ。
アメリカのディズニーのアニメ『トイ・ストーリー3』には、その説明がある(ちょっとひねった表現)。

Authority should derive from the consent of the governed, not from the threat of force!"
「権力とは脅しではなく、統治されるものの同意から生まれるべきよ!」
映画『ダークナイト』のバットマンは、人々の同意を得られないため、ヒーローやダークヒーローではなく【ダークナイト】になってしまう。

だから、現代社会には、「お姉ちゃん」「お兄ちゃん」だから正しい、正社員だからアルバイトやパートより権力がある、天皇の血筋だから権力がある、アメリカ合衆国が日本に戦争で勝ったから「ジャスティス」…という文脈は無い。ジャスティスが広まれば、不正な権威は消え去っていく。
日本のアニメ、ジブリやガンダムやエヴァンゲリオンやワンピースなどは近現代の「ジャスティス」について全く無知なまま作られている。偽正義を振りかざす、偽正義に反発する、正義という言葉を避ける。しかし、どの作品も「ジャスティスがわかってない」だけだ。
もしも、日本人に「公正や権力は、同意に基づくものだ」という認識が広まったらどうなるだろうか?親や先生や生徒会長や先輩や政治家や裁判官や警察官や経営者は、権威や理不尽を振りかざせず、「みんなの同意」による正しい行動を取らざるを得なくなるだろう。そして、日本の特撮も2次元も新聞もテレビも歌も変わる。
もちろん、ジャスティスだけで完全とは言えない。しかし、ジャスティスが浸透すれば、実は世界には存在しない「兄/弟」「姉/妹」「先輩/後輩」というブラックな上下関係は消え去り、ブラック企業も消え去るだろう。
ジャスティスは日本人に好ましく、聖書の義(ライチャスネス)はさらに日本人好みだ。なぜなら、ライチャスネスは悪や敵を全く作り出さないハートフルな正義だから。
公正も権力も、聖書の義も、日本人に必ず好かれるものだ。あなたに「禁断の実」の善悪ではなく、楽園の善がありますように。