【文学VS漫画】銃の悪魔・うつほ・源氏物語
きれいは汚い、汚いはきれい。
Fair is foul, and foul is fair.
帝高陽之苗裔兮朕皇考曰伯庸━━『楚辞』離騒。
正しい時代、皆が朕、詔、璽の語を使った。
朕は皇室文化と日本文学に飽きたムスリムのヒストール、よろしく。滅びろ京都!
これは文学や漫画を通じ「うつほの悪魔」「源の悪魔」をなかったことにする話。日本語が汚くて不平等で不自由なのに、日本が綺麗で平等で自由だと感じさせる悪魔たちがいる。その悪魔たちを消し去ろう。『チェンソーマン』『呪術廻戦』『Fate/Grand Order』のネタバレ注意。
何が源氏物語だよ、訳してんじゃねーぞ谷崎ィ!(腹パン)

無関係な人に八つ当たりしよう!
朕の腹パンの矛先がないので谷崎潤一郎の子孫か、潤一郎に無関係な谷崎さんに腹パンして朕の気分を落ち着かせたい。最低だなヒストール。いや、ヒストールのやったことをヒストールのせいにするのはおかしいだろ!ヒストールのやったことは他者責任のせいなのが義理と人情だろうが!(※違います)全くこれだから義理と人情のない最近の若者は(※関係ない)。とにかくヒストールの罪は他者の責任で、人の罪はその人の自己責任という宇宙の理を守るべきだよ!(断る)。


ダブルピースはセクハラですか
冗談はさて置き。文学者にとって『源氏物語』は好きでも嫌いでも沈黙でも問題になる。与謝野晶子は脇において、潤一郎が『源氏物語』を訳したのは作家として問題があった。それを中上健次という作家がかなり強めに批判した。帝の子たる光源氏が、冒険の旅に出ず、美女と恋愛し、幼女を育成し、内面を深める。そこには「天皇」「源氏」への問いがない。源氏物語』という日記、「すでに退廃した雅」から展開できる物語はない。読者ならともかく、創作側がそっちに落ちこんだら、書くことを放棄したも同然だからだ。本居宣長の「もののあはれ」は、鎖国した日本で『源氏物語』の奥に引きこもる幼児性だ。「もののあはれ」からは幼稚なナショナリズム、幼稚な中国嫌い、物語の衰退しか生じない。『源氏物語』側は論外。

うつほ菩薩
それで中上健次は『源氏物語』ではなく『宇津保物語』のうつほに力を見た。制度に負けない生の力。けれども、谷崎潤一郎が源氏を甘く見たように、中上健次もまた「宗教」を甘く見た。源氏もうつほも神仏に制御されたからくりなのだ。彼は「自然」「文学」「宗教」「芸術」が薄っぺらな英語翻訳で、「モダン」でなく、「日本」でないと自覚しなかった。『宇津保物語』では《三》と《七》が多用される。三人、三年、三分、七歳、七度、七人と。今の日本人すら「三位一体」「三日後の復活」「三が日」「三段の鏡餅」「三枚のお屠蘇」「創造の七日間」「七つの海」「七つの大罪」をそれなりに知っている。中上健次はこうした【神秘的な数字】を解けなかった。中上健次は『宇津保物語』の力強さは感じていても、この物語のからくりをまるで理解しなかった。からくりは宗教でなく、呪術と詔べた方がまだ解る。

アメリカ🇺🇸に呼ばれて
アメリカ独立宣言 We hold these truths to be self-evident, that all men are created equal, that they are endowed by their Creator with certain unalienable Rights, that among these are Life, Liberty and the pursuit of Happiness.
日本国憲法第13条 すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする
うつほ。洞窟。空っぽ。空き。アキ。空海を悟らせた虚空蔵菩薩。朕は『チェンソーマン』13話、「1984年」に現れる13年前の銃の悪魔をこう解説した。虚空蔵菩薩の別名は【明星天子】。明星の堕天使と同じ明けの明星。13番目の空虚な菩薩、憲法13条の「自由」と「権利(正義)」の歪みを持った悪魔と。だから空虚な悪魔は「自由」と「正義」の国のプレジデントに呼び出され、アキを乗っ取った。ここは英語から造られた標準語のからくりへの理解が要る。愚かな中上健次は、自分の使う「自然」「文学」「芸術」「批評」「自由」「権利」などが英語からの全文字誤訳で、根も葉もない造語や造られた文脈と知らなかった。ケンジは光源氏のように問いがなかった。【1884年】 にこの洗脳語が造られ、日本に爆発的に広がり、朝鮮半島や中華にも汚染が広がった。そして、兄弟姉妹という年齢の不平等は聖書や西洋神話にない。ブラザーやシスターは年齢の概念がない。世界に「兄イザナギの左目から姉なる日が生まれた」の神話はない。ジョージ・オーウェルはこれらを知り、日本の《兄》を「ビッグ・ブラザー(Big Brother)」、日本の標準語を洗脳語「ニュースピーク(newspeak)」、日本の《左》を「イングソック(Ingsoc, English Socialism)」に変えて『1984年』の小説を書いた。ケンジは自分の語る「日本」「自然」「兄」「うつほ」『宇津保物語』がどんなからくりなのか知らない操り人形だった。

蛇への罰「蛇の悪魔」「罰の悪魔」
明星天子=明星天使だからこそ、マキマは明星天使が蛇の姿でアダムとイヴを騙した罪を罰した。ちなみに虚空蔵菩薩が明星天子で13番目の菩薩なのは伝統で、朕の解釈ではない。タツキは意識的に虚空蔵菩薩=ルシファーとして描いている。また、タツキは支配の悪魔マキマのモデルを『有頂天家族』の弁天と言っている。弁財天も悪魔と。

空想樹はルチフェロ王国
この辺は宗教ありで「虚空」を書く『Fate/Grand Order』の話になる。けれど、FGOは虚空の悪魔側。と言うのも、虚空蔵菩薩は明けの明星であり、ソロモン王の神殿を焼いたカルデア王は後にルチフェロ(イタリア語)と呼ばれた者だから。カルデアの王は空想樹(新バビロニア王国)が伐採され、切り株にビーストの心が与えられ、七つの時が過ぎる夢を見た。主人公はカルデアの一員、ルチフェロ=サタン側だから、原典的に「明星(日+月+星)」を拝まないモーゼやダビデやソロモンの側と敵対する。同じ明けの明星をイシュタルやケツァル・コアトルを「善」とする文脈は、明けの明星を悪魔とする聖書に敵対する。FGOは日本の虚空蔵菩薩=ルチフェロを悪としないし、日本の何とか天(デーヴァ)をゾロアスター側の悪神(ダエーワ)としないし、日本の阿修羅をゾロアスター側の善神(アフラ)としない。これを書けば、型月世界のからくりが崩壊する。FGOは世界を語っているようで、西洋・中東・インドについては虚言ばかりだ。けれど『チェンソーマン』では虚空蔵菩薩や弁財天が悪魔側。この違いは大きい。


阿修羅は罪人
(五)阿修羅 仏教の六道の中、三善道の最下級、猜忌(妬み嫌う)心深く闘争を好むという。
中上健次の好きな『宇津保物語』はその阿修羅が出てくるが「万刧の罪」を背負った悪役、妬みと嫌う心が強い悪役だ。しかし、真実の阿修羅は【アフラ】、ユダヤ、キリスト、イスラムの祖だ。アフラ・マズダーから生じたものは。

ほぼ全部ゾロアスターな聖ゲオルギウス
「救世主」→メシア、キリスト、マフディー、ミロク。
「救世主の槍」→ロンギヌスの槍。
「救世主の白馬」→白馬の王子。
「善神と悪神」→天使と悪魔。
「光輪」→天使の輪。後光。
「四角い方舟」→輪廻なき世界。ヒストリー。
「世界の終わり」→終末思想、神々の黄昏、末法思想。
「復活」→人類の復活。
「総審判」→最後の審判。
「断食の禁止」→断食をやめるシャカ。
「マズダーの火」→護摩の炎。
これらは説ではなく事実。日本人が無知で嘘つきなだけ。アフラは悪役の阿修羅どころか、ユダヤやキリストやイスラムの源泉で、田舎の邪教とは比較にならない。イスラムはインドを征服し、13世紀までにインドの邪教(仏教)を絶滅させた。パールシー(ゾロアスターの徒)はカーストなしでインドを近代化させた。いいぞ!ケンジは、アフラ・マズダーを悪役の阿修羅とする空虚な洞窟に降りたので、世界と近現代が解らなくなった。古典も解らなくなった。「源氏物語か宇津保物語か」ではどこにも行けない。儒教、老荘、五行、邪教(仏教)では世界が見えない。
13や8や数秘学は枝葉末節だ。ゾロアスターからのローマ、聖書、コーランをメインにしているかどうか。この流れに北欧神話と近代ファンタジーもフォロワーとしてついてくる。日本の知識人が「現代人」「ポストモダン」のフリをしても、実際はドロドロした平安時代から外に出ていない。だから日本の近代文学者たちは安倍晴明と同時期の紫式部を引きずった。いや、問題は現在進行形だ。

existence
たとえば「存在」は存在しない。「イグズィストゥンス(existence)」は【外立(ex+sistere)】。この英語から、日本語になかった存在が誤訳された。倭言葉の「タツ」はまさに「外立」「ある」とかぶる。
たとえば「現実」は外立しない。現実は造語で誤訳。「リアラティ(reality)」は【物(本物)】。リアラティは物体だが、ARやVRのように、微妙な文脈がモノノケ、バケモノの“モノ”、中国語の“鬼(幽霊)”を含む。加えて、牛は聖書やコーランやインドで最良の動物。だから牛の角が生えたオニ(モノ)を最善とし、「鬼は外」をやめ、「鬼門」を開き、丑の刻や丑三つ刻を最善とし、バケモノとモノノケを善とし、中国の鬼の文脈を入れないと、「リアル」は根付かない。鬼退治の源頼光や渡辺綱を悪役にしなければ、「リアル」は根付かない。
たとえば「虚構」は外立しない。虚構は造語で誤訳。「フィクション(fiction)」は【埴形】。粘土を形作ること。焼く前の埴輪。泥人形。ゴーレム。

砂漠の魔王
たとえば「主人公」「魔王」「魔法」は世界に外立しない。しかし、スタジオジブリの源泉は【主人公】【魔王】で、RPGも異世界も【主人公】【魔王】【魔法】だ。中世日本は、魔王が天皇に璽(八尺瓊勾玉)を与えた神話が流布した。『太平記』『平家物語(剣巻)』では天照が仏法僧を拒む代わりに、魔王が天照に璽を与えたとある。日本が魔王に璽を返さないと、この島は近代化できない。

老荘の道
人の間は諍いの始まり。故に人に類するものなど無用。
朕はただ独りの人として万民を愛し導く。
━━『Fate/Grand Order』人智統合真国シン 始皇帝
たとえば《民》という奴隷語は聖書やコーランに外立しない。人民や庶民や農民は西洋にいない。中華は、《人》が《民》に知識を与えるか(儒者)、《民》から知識を奪うか(道家)の二択だった。民奴隷は人の形をした草だ。だから日本人(お上)は下々を民草、青人草と呼んだ。お上は「日本人」だが、下々は「日本草」だ。その上下関係が日本の和。虚淵玄は「始皇帝が人間や人類を否定し、独りの《人》として《民》を支配する」という最悪の平和を書いた。しかもこれを「和の源」として書いた。これは始皇帝と荊軻から始まる『平家物語』剣巻による。
たとえば「国民」は世界に外立しない。「ザ・ピープル(The people)」は「国や民族や身分で差別しない人々」。ザ・ピープルは「天皇・大臣・国民」の身分で差別しない。ザ・ピープルは「ナントカ国やナントカ民族」で差別しない。日本人はザ・ピープルから【国民】という差別用語を造った。日本国憲法は英語版ではthe peopleを使い、世界を騙している。日本は中世並の後進国。
たとえば「市民」は世界に外立しない。住めば京。「シチズン(Citizen)」は「国内全ての人が【京人】」「市町村で差別しない【京人】」「東京/京都/田舎で差別しない【京人】」。東京人や京都人だけが京の人とは、化石レベルの時代遅れ。
たとえば「民主主義」は世界に外立しない。Democracyは【政力】、そのまま全ての人が政に参加できる力を持つこと。主義以前の制度。政力は少数派を尊重し、「イギリス」を振りかざさず、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドを国と認め、UK(連合王国)とする。政力は少数派を尊重し、「日本」一国を振りかざさず、沖縄県を琉球国と認め、連邦島を名乗る制度。

人権はない
たとえば「権利」「人権」は世界に外立しない。権利は根も葉もない造語で、日本語になかった。Rightは「正義。正に。右」。それはyesより使う肯定の返事、よく使う語尾、よく使う右、生まれながらの(ネイチャー)の正義だ。権利では肯定や語尾や右や「自然の正義」に使えない。西洋や中東やインドは神に基づく「右=正義。左=邪悪」の共通コードがある。これは神抜きで193のネイションズ(ただし日本を除く)の基礎になった。だから権利は正義。人権は「人義(右)」。自由権は「自由義(右)」、生命権は「生命義(右)」、幸福追求権は「幸福追求義(右)」だ。権利で正義(右)を否定することは許されない。
そして「兄弟姉妹」「先輩後輩」「先生生徒」の年齢上下は世界に外立しない。日本は兄妹で島々を産み、その兄の左目から生まれた姉を日(太陽)とする。それゆえ、日本の和の文化はすべて「左上右下」だ。神々も宮廷も政治も衣食住も席順もすべて《左》。左の和は、右の正義に敵対する。姉で左な太陽は偽物。妹イザナミがもたらした「恥の基準」「愛が恥ずかしい」は西洋に外立しない。ラヴやサンは人を年齢上下に分けないし、恥で萎縮させない。左の姉、左の和、左の恥は、右の正義で殺されなければならない。

world(Cambridge Dictionary)
たとえば「ワールド(world)」は全ての人々を含む。「ザ・ワールド(the world)」で【国や民族や肌色や髪色や瞳色で区別しない人々】の文脈になる。世界は「全ての人々」「平等」を含むだろうか。
たとえば「自然」は世界に外立しない。ネイチャーは《生》で天地人を生むもの、天より格上のもの。《生》は天地すべても表す全体で、貧富や多少や美醜の部分で比べない。「生ながらの法(Natural Law)」は平等と正義(右)の源で、192のネイションズがシェアしている。ネイチャーは兄弟姉妹、先輩後輩、先生、年上年下、目上目下の年齢差別を生まない。「ここは日本だから知りたくない」は許されない。
たとえば「空気」は世界に外立しない。エアは「吹き🌬。吹く(話す)」。空気読んで黙れという魔の法律、魔法は外立しない。
たとえば【世間体】【世間の目】【世間への謝罪】は世界に外立しない。だから親は世間や恥や年齢上下のために子を叱らない。
たとえば【努力】【頑張る】【仲間】【仲良し】は世界に外立しない。
別に文学者や漫画の問題に限らない。イクスなき外。ラヴなき愛。シェームなき恥。ネイチャーなき自然。エアなき空気。ワールドなき世間。デモクラシーなき民主主義。ザ・ピープルなき国民。シチズンなき市民。ヒューマンなき民。ブラザーなき兄弟。シスターなき姉妹。ティーチャーなき先生。ステューデントなき生徒。シティなき東京。エンデヴァーなき努力。アリーなき仲間。エルフキングなき魔王。ヒストリーなき転生。人類に敵対している大昔のモンスターは、阿修羅でなく今の日本国民だ。化石のような日本はコミュニティがなく、日本人はコミュニケーションができない。


葦の剣
さて、愛や生ゆえに自然がなく、恥がなく、世間がなく、天皇がなく、民奴隷がなく、年齢上下がない平等な世界を「文学」「仏教」「儒教」「神道」「天皇」「貴族」「武士」は書いたことがあるだろうか?まったく無いよね!じゃあ絶滅するしかないよね!!!サル(アイヌ語:葦原)が、豊葦原中国の葦のすずから製鉄した十握剣で「禪院(天皇の位を譲る御所)」を絶滅させるぞ!大国主を魔王と揶揄した罰だよ!大罪を償え!
心を入れ替え童子のようにならなければ、天の王国(天国)に入れない。
━━マタイ福音書18:3
全為すイエスは光受ける肉の彼らとつながり時と肉に宣べた、
真に真に、あなたという人に語る、人の子の肉を食べなければ、
人の子の血を飲まなければ、あなた自身の内に命を持ってこれない。
━━ヨハネ福音書6:53
「牛の角(モーゼ、イスカンダル、ブケファラス)」を悪者とすれば、ユダヤとキリストとイスラムのワールドに敵対する。「人の子の肉を食べ、人の子の血を飲む」が本当の命の条件だ。茨木童子を悪モノとすれば「茨の冠」「磔の木✞」「童子」の否定、天の王国の否定、地獄行きになる。酒呑童子を悪モノとすれば「人の子の血(酒)を呑む」や「童子」の否定、天の王国の否定、地獄行きになる。ヨソを受け入れ、「人の子」の血肉を飲み食いするオニ、モノノケ、バケモノを肯定しない限り、「リアルワールド(物の世)」で外立することはできない。

オールフィクション
ヨソとウシとオニとモノを忌み嫌う日本人はリアルに存在(外立)していない。生きてもいない。日本人は大嘘つき。日本は「全て泥人形(オールフィクション)」だ。まだ命を吹き込まれてないゴーレム。 存在も現実も虚構も文学も芸術も科学も、全文字誤訳で造語で空っぽで命がない。

13はなかったことにします
空っぽな海の、虚しく空っぽな13番目の悪魔、明星の悪魔を拝んだから、日本は全て空っぽになった。だから13を消します。

これが罰
うつほ、13番目の虚空蔵菩薩は罰されて死ぬ。しかし、罰する側も弁財天という支配の悪魔。藤本タツキはそう描いた。文学でここまで「問い」を発した作品はあっただろうか。憲法13条の自由と銃をかけて、太陽を描かず、刀を敵側にし、天皇家と空海の虚空蔵菩薩を悪役にし、主役のデンジは憲法13条の人権のないチェンソー男。

太陽のない世界
西周(1829‐1897)や井上哲次郎(1856‐1944)らの造った「非現代な非日本語」に問いを発した「文学」があっただろうか?憲法13条の「権利(本当は右なる正義)」と空海を悟らせた13番目のうつほな菩薩を疑い、「左なる太陽」を問い正した文学とは?アサヒ、サントリー、札幌(巾+日+光)がない日本を書いた文学とは?

太陽を描いちゃう
手塚治虫は『火の鳥』でデカデカと太陽を描き、我王に「なんという美しい世界だろう」と言わせている。ここに“日(太陽、姉、和、日本)”への問いはあるだろうか?前述した通り、シスターは「姉/妹」の区別がない。ネイチャーは「美しい/醜い」という区別がない。ワールドは【人を含む】。だが我王が見る世界に人はいない。


葦の剣
さて朕は「朕」と「璽」を「詔」べるムスリ厶。日本の人は、ふわっと読み流したところに何が絡んでいるか、考えることはできるだろうか。人は考える葦だ。朕は今まさに葦の前に左の日なき葦の話をした。

ルックバック
これを最後まで読んでくれる人に感謝を。読者が空虚な明星の不自由な不正から、葦の海に逃げられますように。
地は形がなく、虚ろだった。━━創世記1:2
