【チェンソーマン13話】13番目の菩薩は13年前の「金曜日」に現れる(後編)

13本の指と8×8話(闇)
帝高陽之苗裔兮朕皇考曰伯庸━━『楚辞』離騒
堯命羿仰射十日,中其九日,日中九烏皆死,墮其羽翼,故留其一日也。━━『楚辞章句』王逸
昔、皆が朕と自称した。羿は九つの日を射落とし、日の中の九匹のカラスは死んだ。
ハロー、ガイズ。
朕は聖典と北欧神話とソロモン好きのヒストール、よろしく。
これは『チェンソーマン』の銃の悪魔考察の後編。全話ネタバレ注意。
後編は『ルックバック』やオアシスの『Don't Look Back in Anger』を含めた難しい話。いくぞォ?
前編はこちら。
それじゃあ、おさらいを含めて空虚な菩薩解説を。

空虚な胸
前回。銃の悪魔の正体は「虚空蔵菩薩」。別名は明星天子。
明星は、太陽に照らされた明け方の金星。
銃の悪魔は、作中の金曜日に活動した金星の悪魔。
アキはAK−47のアキ。
アキはマキマへの愛情が空虚でアキ。
アキは虚空蔵菩薩に乗っ取られる空虚なアキ。
銃の悪魔は空虚だから胸の中を人間で埋める。

カワ=ナイ
早川の《早》は、金星を照らす「日」、「十(じゅう)」と銃(じゅう)。
早川の《川》は、銃の悪魔のカワ(皮)になる予定。
小さい川はアイヌ語で「ナイ」。日がない→早川タイヨウが死ぬ。


明星
ルックバック。
「明星」は明星天子の示唆。明星は明け方の金星。明星は太陽によって光る。
「米蘭(ミーラン)」は翼ある天使仏の遺跡がある。
「桑拿」「麗泉」は扶桑の湯で、十の太陽が湯浴みするところ。注は「九つの日を撃ち落とす羿」。
「TAKE5」はこの世界のカレンダーにおける金曜日。銃の悪魔の出現日は2回とも金曜日。
「新明星」はチェンソーマンがアサヒ、サントリー、札幌(巾+日+光)に関わる悪魔を食べた事。太陽も明けの明星も弱り、明星は新しくなった。

アサヒ、サントリー、サッポロ、キリン
太陽が描かれない。早川タイヨウが死ぬ。パワーが日本で巨大なクマやシロクマを殺す。夏の北海道やドイツに雪が積もる。太陽絡みのビールメーカー名は消された。

13年前(13話)で13条で13番目
アメリカ独立宣言 We hold these truths to be self-evident, that all men are created equal, that they are endowed by their Creator with certain unalienable Rights, that among these are Life, Liberty and the pursuit of Happiness.
日本国憲法第13条 すべて国民は,個人として尊重される。生命(Life),自由(Liberty)及び幸福(Happiness)追求に対する国民の権利(Rights)については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする
聖書初の十三は「逆らう」。ルシファーは主に逆らった。虚空蔵菩薩(明星天子)は、明けの明星(明け方の金星)による菩薩で十三を己の数とする。明け、アケ、アキ。その行事の一つが十三詣り。十三仏で十三番目の頂点が虚空蔵菩薩。だから銃の悪魔は、13話の13年前(1984年)と日本国憲法第13条の歪んだ自由(じゆう)と権利(正義[right])が、銃(じゅう)に結びつけられる。また、銃の悪魔は、自由(じゆう)と正義(justice)の国に喚び出された。


ビッグ・ブラザーがあなたを見ている
『1984年』は、英語がオールドスピークと呼ばれ、ニュースピークという洗脳語が支配したディストピア。ニュースピークでは「科学(science)」「正義(justice)」「民主主義(democracy)」「国際性(internationalism)」「道徳(morality)」「宗教(religion)」の語は消され、「自由(free)」「平等(equal)」「権利(right)」の良い文脈も消されている。このモデルは【1884年】に造られた日本の和製漢語。和製漢語は中華や朝鮮半島にも感染した。また、西洋に兄弟姉妹の年齢差別は存在しない。だから人類に島産みの兄も姉なる太陽も通じない。オーウェルは和製漢語をニュースピークとし、《兄》を「ビッグ・ブラザー」という党指導者にして小説を書いた。だから『チェンソーマン』では《兄》のアキの中に1984年の悪魔が入る。

十三仏の頂点が明星天子(虚空蔵)
これが十三仏の図。空虚な明星天子は一番上。開祖シャカは一番下(真ん中)。なんで開祖シャカが一番下なんだ?この画像は室町時代だけど、現代でも虚空蔵が頂点の構図。他にも太陽の大日如来、ナムアミダブツのアミダ如来、人を救済するミロク菩薩、伏黒恵絡みの薬師如来、仏に詳しくない人でも耳にする名がある。なのに、十三番目の空虚な明星が一番上。何かおかしいだろ?そう、タツキもおかしいと思ってる。仏に詳しくなくてもいい。怪しい権威よりも自分の良心を信じて。疑問に思って。こんな得体の知れない明星が歴代天皇の信じたもの、日本の頂点なんだぜ。

明星
間違いなくタツキは「明星天子=明星天使」「金曜日=明け方の金星」「虚空蔵と空虚な早川アキ」を意識的に描いてる。ルックバックにも『チェンソーマン』の「明星」を二度も引用してる。空海と歴代天皇の信じた明星天子の支配はおかしい、それはルシファーで1984年だってな。

『アメリカ独立宣言』と『常識』
アメリカ独立宣言 We hold these truths to be self-evident, that all men are created equal, that they are endowed by their Creator with certain unalienable Rights, that among these are Life, Liberty and the pursuit of Happiness.
タツキは何も『チェンソーマン』から憲法13条の人権問題や『1984年』に目覚めたワケじゃない。『ファイアパンチ』で『アメリカ独立宣言(1776年)』の「すべての男は平等(に創られた)」とトマス・ペインの『常識』について問題提起してる。男だけ平等はおかしいと。これが日本国憲法第13条のオリジンで、もちろん現代条文に1776年宣言のコピペは古すぎる。日本国憲法は「男女平等」だけれども、1776年に劣る欠陥がいつくかある。その一つは【国民】だ。

Don't Look Back in Anger
○国民
世界に国と民族と階級で差別する「国民」は存在しない。日本人も使っていなかった。“国と民族と階級で差別しない”のが平等で、「天皇とガイジンを除外した国民」は平等を否定している。「国と民族と階級で差別しない語と表現」はたくさんあるけれど、日本語にはひとつもない。「国民」は自称国家のテロ組織ISILレベル。テロリストと無関係だったイラク戦争のせいで、イラクの支配層までがテロリストになった。イラク戦争がテロ組織ISILを造った。日本もUKも加害者側。アンチ・イラク側はテロリストを止めるつもりでテロリストを増やし、UKは爆破テロで報復された。その爆破テロの逆恨みを止めたのがオアシスの『Don't Look Back in Anger』。だから『ルックバック』の最初と最後に「Don't」「in Anger」がある。


修正後(左)と修正前(右)
○ステレオタイプ
戦争と規模が違うけども、斎藤が『ルックバック』に対して「ステレオタイプの統合失調症」という魔女狩りを誘発し、「かつて絵を描いてた男」は「ステレオタイプの統合失調症」に修正された。絵を描いてて挫折し、絵をパクられた妄想に取り憑かれたのは、アーティストとしての想像力やプライドがあったと理解できる。けれど、修正後の「絵を描いて馬鹿じゃねえのか」「社会の役に立てねえ」と叫ぶ男は、絵と無関係な「ステレオタイプの統合失調症」だ。


統合失調症へ
○魔女狩り
かつて絵を描いていた感性豊かな男なら、絵やめた裏切りから「絵画から自分を罵倒する声」が聞こえてもおかしくない。「誰でもよかった」なら、なぜ美術学校を襲ったか「意思疎通できない殺人鬼」になる。勝手に魔女をねつ造し、勝手に魔女狩りしたのは、斎藤環やそれに乗っかった無責任な群衆だ。ジャンヌ・ダルクが魔女でなかったように、藤本タツキは魔女ではない。
○ イラク戦争がテロの原因
イラク戦争もそうだった。イラクに大量破壊兵器はなく、イラクはテロリストと無関係だった。戦争の口実が嘘だった。でも日本も支持したイラク戦争の後で、イラクの支配層までもテロリストになり、オアシスの地元、UKのマンチェスターも爆破テロで報復された。もちろん爆破テロは悪だけども、戦争をふっかけるのは巨悪だ。さらにその巨悪に「米軍基地からの爆撃と派兵」「自衛隊イラク派遣(違憲判決あり)」と戦争加担しながら「日本は平和で戦争をしていない」と嘘をつく天皇や国民も邪悪だ。他国は日本も参戦したと認識している。
○中立
中立は「軍事同盟や軍事援助条約、安全保障条約の締結を行わず、他国に対して基地を提供してはならない」だ。安保条約の時点で中立ではない。天皇や総理大臣や国民が「中立を知らないバカ」なのは日本だけだ。「国民」が差別用語じゃないと主張したところで、「日本国民じゃないイラク国民やアフガニスタン国民は日本の米軍基地から爆撃して殺していい」「他国の国民を戦争で殺しても平和で中立」は差別だ。まさに日本は「道徳」「知識」が消された『1984年』の元祖。

UKの「THE PEOPLE」100万人デモ
○イギリス
『Don't Look Back in Anger』のオアシスは「イングランド」出身だが、UKを「イギリス」と呼ぶ差別主義者は日本人だけだ。UKはイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの「連合王国」で、「イギリス一国」を振りかざない。日本人は「国」と言うが、「nation」「country」「state」を知らず、日本の学校も五大全国紙もNHKも民放も「クニ」をシェアしない。日本メディアが「スコットランド、ウェールズ、北アイルランド」をクニと認めた途端、沖縄県も琉球国として認めざるを得なくなり、日本国と琉球国の「連邦」になる。同じ島国で君主制の側が「UK」だから、日本も「連邦」になるべきだ。

琉球国にて
○琉球王国
日本は1879年に【琉球処分】し、他国の琉球王国と琉球王と琉球神話を否定し、「日本」「天皇」「和」「沖縄県」「年号」を押しつけた。今も昭和天皇の意向通り、米軍基地の70%を琉球王国に押しつけている。米軍基地のある敗戦国はみんな米軍に自国の法律を守らせてる。ジャスティスは国内法の正義だから、米軍も他国のジャスティスを守る。デモクラシーは「民が帝と同じ人として政治を考える」「少数派を国として認める」だ。デモクラシーもジャスティスもライトも全部分からないバカの壁を造るのは日本人だけ。年号は世界で日本だけ。日本天皇はまず、国家神道という新興宗教を廃止し、具体的に宮内庁と年号を廃止し、伝統的な仏式即位でやり直し「王」になるべきだ。



虎杖丸と葦を啣む雁
○アイヌモシリ
日本は1869年に【開拓使の設置】というひどい言葉でアイヌモシリを植民地支配し、「北海道」を押しつけた。日本人はアイヌ文化をすべて禁止し、「天皇」「日本」「日本語」「和名」「和食」「和風」「日本神」「日本仏教」をアイヌに強制した。それらを歴史教科書に載せない。日本の「落語」も文学も小説も漫画でもその悪を隠蔽する。【葦を啣む雁】の現代落語は「水戸黄門」と「北海道の函館」という帝国主義の悪意による「お笑い」。『呪術廻戦』は北海道篇があるだろう。
○デモクラシー【政力】
デモクラシー(democracy)。民主主義。見ての通り主義(ism)はない。正しくは【政力】。「民も臣も帝もなく同じ人として政を考える力」。主義でなく全員がシェアするもの。「庶民として政治を考えず、大臣や天皇にまかせる」はデモクラシーの全否定。具体的に「俳優や女優は政治の話をするな」「声優や漫画家は政治の話をするな」はデモクラシーの全否定。デモクラシーの基本は、個人や少数派の尊重。具体的に言うと、日本一国を振りかざず、琉球国を認め連邦になること。イギリスをUKと呼ぶこと。

コミュニティのない京都
○インディヴジュアラティ【不裂】
噛みそう。インディヴジュアラティ(individuality)。正しくは【不裂】。もう裂きようがない最小単位。これが「個人(1884年)」のオリジン。まことに残念ながら、「個人」誤訳が造られたのも『1984年』のオリジンの【1884年】なんだ。日本はイエ、ムラ、マチ、ミヤコ、クニなど集団優先で「個人」の言葉もアイディアもなかった。ヨーロッパが【不裂】に目覚めたのは11世紀の都市。都市のチャーチの告解室で、「人を集団と恥(不名誉)と呪術から切り離し」、ひとりひとりの人間に変えた。これがソーシャルやコミュニティのはじまり。逆に言えば、「集団や恥や呪術で動いてるイエ・ムラ・セケン・ミヤコ・クニ」はコミュニティじゃない。京都や江戸はシティやコミュニティじゃない。不裂は『呪術廻戦』の理解に必須。

ディオニュシオス・アレオパギテス『天上位階論』
○ソーシャル【友追】
ササイエティが名詞。ソーシャルは形容詞。「社会(1877年)」はやはり誤訳。ソーシャルは人から集団や恥や呪術から切り離し、不裂のリバティを尊ぶコミュニティ。チャーチとローマ法がないと不可能。実現には、神宮暦、五行思想(雅楽や包丁式を含む)、十干十二支、八卦、風水、密教などの呪術絶滅が必要不可欠。ただし表にいっぱいチャーチがある一方で、裏では四大元素やネオ・プラトニズムや天上位階論やカバラや数秘術や錬金術などが要る。
○世間
世間は世界に存在しない。世間体、世間の目、世間への謝罪。渡る世間は鬼ばかり。世間がないので、西洋の親は子供より世間を優先しない。たとえ子供が犯罪をやっちまって逮捕されても、西洋の親は子供を愛する。しかし日本の親は子供を愛さず、子供が逮捕されなくても、世間で子供を否定する。
○憲法
海外は「共立(constitution)」。「健康体(全体)」のこと。フィジカル・コンスタチューシャンだとヨーガや健康系のワードがヒットする。地球や太陽の「体(全体)」とも使う。共立は全体を表す生きたカラダで、お上が下々に押しつける機械的な法じゃない。ところが、「憲法」は非実在と疑わしい聖徳太子が上から民に押しつける法。和は逆らうな。天皇は神で、臣は人で、民は人の形をした草だ。民という草はお上に逆らうな(和の精神)。現行憲法は「個」と「公」が逆転し、300年遅れのゴミ条文しかない。各キーワード「国民」「主権」「権利」「象徴」「政治」「教育」は全文字誤訳で使い方もおかしい。和の左(邪悪)憲法を廃止し、原語に沿った共立でやり直そう!

自然という嘘
○自然
西洋に存在しない。ネイチャーは《生》。生は「自ずから然り」「無為自然」と真逆。生は混沌に手を加え、天地を裂き、🌏地を丸める力。ほぼクリエイション。ネイチャーは「なんとなく、まあまあ、なあなあ」と逆。意志と人格の働き。ネイチャーは【天地人】を生む者。「生ながらの法」、ナチュラル・ローは兄弟姉妹、帝臣民、先輩後輩という差別を生まない。生は天地を生む側なので、「天」「母なる大地」で代用できない。生は天地全てなので、豊かとか多いとか美しいとかはない。自然はネイチャーの勘違い語で、過去の日本語とは関係ない。

ワシらが「創った」
○ ア・ゴッズ
聖書原文の「エローヒーム」は「壱神々/A Gods」という、一なる多神だ。その一人称は「朕ら」。コーランのアッラーも「朕ら」。天地創造の七日間に出てくるのは「壱神々」だけで、神や主はまったく出てこない。創造主や創造神は誤訳。「一神教」は妄想。藤本タツキは『チェンソーマン』で「エローヒーム」の「ワシらが創った」をデンジ(天使)とパワー(能天使)に言わせている。
○アダム。
ア・ゴッズが両性で「朕ら」なので、第六日に創られたのは「アダム」「男性」「女性」。アダムと男性は別の単語。「男性と女性の彼ら」がアダムと呼ばれた。原文のアダムは両性だ。だが、なぜかクリスチャンはアダムを男にすり替えた。そして近現代は、ジョン・ロック(1632〜1704年)がアダムとエヴァを語り、男としてのアダムを弱めることで始まった。ジョン・ロックは現代の「クニ」「公権力」「個人」「政教分離」「セルフ」「アイデンティティ」を決定づけ、アメリカ独立やフランス革命の土台を敷いた人。なので、ジョン・ロックを知らない人は「ヒト」「クニ」「自分」が分からない。

人権はない
○正義(右)
ヒューマン・ライツはクリエイトまたはナチュラル・ローによる。世界192ヶ邦が「右=正義、左=邪悪」をシェアする。世界に権と利のパーツでなる「権利」は存在しない。権利は日本語にもなく、正体はただの誤訳誤用。原語「right」は「正義」「正に(返事、語尾、ぴったりな)」「右」。日常でよく使われる。オーライ(すべてよし)。ザッツライト(そうだよ)。ライト(うん)。ライト(ぴったりな)。〜ライト(だろ)?イヤホンや靴や手袋の「R」はright。悪を必要としない生ながらの正義。権利は全部まちがってるので、タツキは「人権はない」で表す。

右目と右手
天使九階位と同じ側、ゴーストと未来。未来の目は七日間の七つ。スピリチュアルと「善悪の知識の木」。どちらも「右」に寄りたがる。

太陽=赤。月=緑。海=青。
○和(左)
和の精神は、192ヶ邦に敵対する「左が上で、右が下」の魔界。日本の太陽は島産みの兄イザナギの左目から出てきた。それで太陽は常に「左三つ巴」で表される。正式な色は赤。祭りでよく見かけるシンボル。日本の月は兄イザナギの右目から出てきた。それで月は常に「右二つ巴」で表される。正式な色は緑。日本の海を治めるスサノオは兄イザナギの鼻から出てきた。巴はない。正式な色は青。和は神、雅、舞、祭、政、衣、食、住、席、すべてが「左上右下」。

左腕ばかり狙われる
京都のキツネは和。なのでアキの「左腕」の皮膚を食う。野茂が使うのはキツネの左腕。誰かが使うのもキツネの左腕。アキは、和風な鈴つき刀を使う闇に、左腕を取られた。銃の悪魔は洋のようだが、中身は日本の虚空蔵菩薩。左腕だけ常に銃と化している。
○教え
「宗教」「教会」はすべて誤訳で造語だ。海外に存在しない。【1884年】からニュースピーク的な現代日本語が広がり、キリスト教、イスラム教、ヒンズー教のような誤訳で汚染された。仏法も仏教に、儒道も儒教に歪められた。何とか教はすべて誤訳だ。もちろん、「教育」「教科書」「教師」「教室」なども誤訳で、造られた語だ。教皇や司教も海外に存在しない。《教》は妄想で、現代と日本から隔離されたカルト教団のコロニー。ティーチャーは「示す者、見せる者」。ティーチは「示す、見せる」。クラスルームは「呼び室」。現代世界は「教え」で理解できない。

先輩後輩じゃなく
○学び
何とか学はすべて誤訳。科学、化学、論理学、哲学、文学、歴史学、宗教学、物理学、民族学。ぜ〜んぶ誤訳だよ!ハハッ(🐭🏰)、悪夢の学び舎にようこそ!単なる誤訳じゃなく、これらの体系そのものが日本になかった。スクールやスカラーは学校や学者でなく、《暇(σχολή)》から来た語。 スクールはヨーロッパやアメリカみたいな、「聖書とギリシャとローマ」じゃないと無理!スクールは、先生や先輩後輩、年上年下の年齢差別がない。兄弟姉妹も想定してない。

『攻殻機動隊 SAC_2045』の警告
○科
サイエンスは【知識】、ナーリッジ。《科》は「科をつくる」。女は男に媚びろという悪意を含んだ字。《科》は「(男尊女卑に)分ける」の意味。科学、学科、科目、精神科医…。まともな国ならこんな問題ある字を決して使わない、使わせない。日本政府と日本人は品がない。「分ける」なら他にもたくさん候補があった。あえての男尊女卑。まさにサイエンスが消された『1984年』。

産土神は敵
○偽の社。
「社会」「会社」「社長」は誤訳で造語。原語は現代や《社(土地神)》とまったく関係ない。『呪術廻戦』は、呪術師が土地神(産土神)と殺し合い、《禪(大地の神をまつる)》なる禪院家の当主が大地の呪霊に殺される。これは《社》《禅》も糞という話。ナナミンは高給取りだったけど糞な会社をやめた。

間違った価値観のレンガ
○家
家は「宀+豕」。【屋根の下の豚】の意味。聖書やコーランの《豚》は「間違った価値観をうのみにして、個を捨て群れる者」のたとえ。豚は糞でも食べてしまう家畜。わかりやすく言えば、自分の頭で考えず間違ったみんなに合わせる奴は糞を食べるブタ野郎やメス豚で人間以下ということ。なので西洋や中東のホームやハウスに【豚小屋】の意図はない。福音書で【家(豚小屋)】と誤訳される「オイキアー(οἰκία)」「オイコス(οἶκος)」は「本宅」のニュアンスがない「別館」。ヤカタかヤドで代用すべきだ。
○民
民は【目を突かれた奴隷】。盲目的で支配される下々。日本ではクサ、ヒトクサ、アオヒトグサとされた。人の形をしたクサ。奴隷草。西洋や中東に、庶民、国民、市民、民主主義、人民、公民、農民、民間、民放などの「帝臣の奴隷草」はない。
○敬語
西洋や中東や中国に敬語はない。聖書やコーランに敬語はない。尊敬謙譲で分けるのは日本神話と日本古典。英語のフォーマルな言葉は、丁寧語であって、尊敬語や謙譲語ではない。
○恥
世界は恥を価値基準にしない。「愛が恥ずかしい」をシェアするのは日本たけ。世界は《兄》《妹》の単語がないので、兄イザナギが妹イザナミに「恥をかかせる」という設定そのものが成立しない。恥は死者のケガレ、死の呪いであって文化じゃない。ルース・ベネディクトから「恥は文化」と言い始めたのは滑稽だ。
○和(十七条憲法 第一条)
和を以て貴しと爲し、忤ふこと無きを宗と爲せ。(略)上和らび下睦びて事を論ふ〜
和は十七条憲法の第一条。和は帝臣民のカースト制度。はっきり「上」「下」「逆らうな」と書いてある。「論う」は下々がお上に逆らわない範囲だけ。要は豚小屋(家)に住む下々の奴隷(民)はお上に善悪や是非を言わずに従うことを貴いと思え。和は人の平等を否定する犯罪者の精神。和は現代の立憲君主制と根本的に敵対する。
○日
サン(太陽)は、左(邪悪、悪魔、地獄)を絡める和の精神と無関係。サンは、ブラザーやシスターを《兄》《弟》《姉》《妹》の上下で差別しない。
○明星
明星の字を分解すると「日」「月」「星」になる。明星は、金星ではなく「太陽と月と星を統べる」の裏の意図がある。それはルシファーの意図そのもの。しかし、西洋や中東は「日」「月」「星」を拝まない。聖典で禁じられてるし、千年以上も続く習慣を意識することもない。


空虚なありがとう
こう思う人がいるかもしれない。「よくも、日も月も星も和も恥も仏も雅も帝も臣も民も家も社も教も科も学も自然も世間も敬語も沖縄県もイギリスも空虚だと知らせてくれたね。感謝の念なんか全然抱いてないけど、ありがとう!(空虚)」と。「どういたしまして。(空虚)」。ぜんぶ空虚なニセ菩薩のせいなんだ。こんなにズレてたら『ルックバック』も『Don't Look Back in Anger』もわかるわけがない。

DOG
欧米人は「ヒューマン」だが、ジャパニーズは「ドッグ」だ。ちゃんと調べればドッグジャパンは「モダン」「ポストモダン」の状態にない。ペット犬は自分を人間だと思い込むが、鏡を見れば自分が人間ではないと気づく。デンジは日本人を写す鏡だ。

日本人すべて
これを読む人も、この記事を「自分で何も考えたくねー」かもしれない。虚空蔵、明星の堕天使の残骸は、弁天のようなマキマが倒してくれるかもしれない。でも、『チェンソーマン』はその前後に何が来ると描いただろうか?

虚空蔵菩薩の残骸の残骸
アキの死。

パワーの死
パワーの死。

正直な感想
今までの良い思いも悪い思いも全部…
全部が他人に作られたモンだったんだ
俺は最高にバカだからバカみてえにと
暮らしてたんだけど
気づいてみりゃあ
バカのせいで全部ダメになってたんだ

犬みてえに
『チェンソーマン』は非常に変わった作品に見える。けれども、犬のデンジも、虚言癖のパワーも、空虚なアキも、泣くマキマも、主の館撃つ銃の悪魔も、宇宙飛行士を捕える闇の悪魔も、マキマ宅の『失楽園』絵も、天使位階もすべて日本人の内側にあるものだ。ジーニアスは、すべての人の内側にもあるものを形にできる人のこと。モーツァルトのメロディは誰でもすぐ覚えてしまう。それはすべての人の内側にあるメロディだから。ピカソが喜ばれたのは写真に映らないすべての人の内側を描いたから。アートは芸術じゃない。ジーニアスは天才とは違ってる。タツキはジーニアスでマンガ・アーティストだ。朕はモーツァルトを自分の外側に置く鼓膜のない人(中上健次)やピカソを自分の外側に置く両眼のない人(青山二郎)を泥人形に位置づける。EMETHのEを削れば崩れ落ちる泥人形。英語のフィクションも「泥形」。息を吹き込まれない泥人形か、息を吹き込まれたアダムになるか。


ハリツケ
人の子は釘を打たれ、ハリツケにされた。

KINO
ラストバトルは十字架の前で。


聖痕
“人の子の肉を食べなければ、人の子の血を飲まなければ、人として生きることができない”
(紙媒体での出版に際しては、アンチスティグマのための配慮を強く求めたいのである。━━アンチタツキの斎藤環)


月の犬と太陽
北欧神話で最強のフェンリルを月の犬と言う。
東の鉄の森に一人の老婆住みて
フェンリルの一族を生み
そのなかより怪物の姿をとり
日を呑み込むものあらわる
怪物は死に定められた人間の
生命をとり腹をみたし
神々の座を赤き血潮で染める
うちつづく幾夏かは
太陽の光暗く
荒天のみとなる
おわかりか
『巫女の予言』40-41 谷口幸男訳

太陽の娘
フェンリルが
アールヴレズル(太陽)を
とらえる前に
太陽は一人の娘を生む
神々の死せるとき
娘は母の軌道をめぐる
ヴァフズルーズニルの歌47 谷口幸男訳
『チェンソーマン』は太陽が描かれないし、聖書や北欧神話が入ってる。『チェンソーマン』を受け入れるとは、マキマのスティグマをよしとし、太陽が女神でなく人間と認めることだ。北欧神話のユミル、オーディン、ドワーフ、ガンダルフ、エルフ、ダークエルフの世界観では、太陽は女神でなく人間だ。エルフとドワーフの近代ファンタジーは「ドワーフが太陽と月と星を造った」「太陽は人間の女性」の土台がある。藤本タツキは正統派だが、日本人みんなが無知で異端なのでタツキのマンガが見えない。
マンガは自由なものだ。
マンガは空海と天皇の信じた明星天子を明星天使と描いてもいいものだ。
十三なる虚空蔵菩薩が十三なるサタン、そんなマンガもよし!
マンガは太陽を描かなくてもいいし、
月の犬が太陽を食べてもいい。
と言うより、タツキが『チェンソーマン』で月の犬を描いたからやっと日本人もファンタジーとエルフとドワーフを描ける土台ができた。西洋も中東も「日+月+星」を拝まない聖典コミュニティなので、“日”本ではどうしても世界がごっそり欠落する。ここは日本国と琉球国の連邦島、イギリスはUKだ。月の犬が太陽を食べ、太陽の娘が生まれ、世界は更新された。


