【FGO】 インドの「四角」は拝火教の箱舟
ハロー。エブリワン。
今回は、『Fate/Grand Order』の「四角」についての考察。多大なネタバレ注意。
この前提だと、次の二つの謎が解ける。
・なぜ「四角」がインドとペペロンチーノの両方にアキレス腱なのか。
・なぜリンボがインドから離れようとしないのか。
画像で確認。ペペロンチーノとデイビッドはこう話していた。


そしてリンボ。

それのどこがインド&ぺぺさんにアキレス腱になるのか?
まず、拝火教(ゾロアスター教)を知らない人に、日本に関係がある説明をしよう。
拝火教を生んだイラン人とインド人は「アーリア民族」という同じ民族だ。
けれども、仏教より古い紀元前のイランにゾロアスター教が生まれ、
イランとインドはまったく逆の性格になった。
(日本は、インド・仏教の方に広い影響を受けているが、
拝火教の影響も間接的に受けている。
正月の火祭り、節分、お焚き上げの護摩、救いの観念、
救世主、天使や悪魔、終末、最後の審判、天国と地獄など。)
インドではディーヴァが善の神だが、拝火教ではダエーワが悪の神だ。
インドではアスラ(阿修羅)が悪の神だが、拝火教ではアフラが善の神だ。
拝火教の最善神アフラ・マズダーは、インドでは受け入れられない阿修羅だ。
拝火教の最悪神アンラ・マンユ(アンリマユ)は、インドでは善の神になる。
さて…キャスター・リンボは「悪の神」を喰ったという描写がある。
「はち切れんばかりの悪意を核として成された悪鬼の類」とも。



また、インド神話や仏教では人や生き物は生まれ変わると考える。
拝火教では生まれ変わりがなく、人生や生き物の生は一回だけだ。
インド神話や仏教では世界が何度も生まれ滅びるという考えだ。
拝火教では世界は一度きりで、世界に終わり、終末と総審判がある。
インド人とイラン人は元は同じアーリア民族だが、
インドの神話観とイランの拝火教では人生感や世界観や神観が真逆なのだ。

そして、下総国の天草四郎の台詞「同胞である人どもに殺され続けた神」は
やはりアンリマユを連想させやすい。リンボは天草四郎の右腕のようだった。
リンボが喰った悪の神がアンリマユなら、リンボはインドにある【四角】、
箱舟を媒介に「インドすべてを埋め尽くす大雪の力」を有す可能性がある。
なぜなら、アンリマユは世界にはじめて冬と雪をもたらした神であり、
ゾロアスター教では大洪水の代わりに大雪が降るからだ。
「アンリマユがもたらす大雪(拝火教の大洪水)が降り、
善の神ディーヴァが悪の神ダエーワに変わり、
悪の神アシュラが善の神アフラに変わり、
人や世界の生まれ変わりは生まれ変わりは無くなる」
【四角】が拝火教の箱舟なら、インド&ぺぺさんのアキレス腱だ。
人生観や世界観や神観が全てひっくり返ってしまう。
ぺぺさんは、今のところ魔術師らしくない優しさや哀悼を示す人であり、
体は男性で、心は女性という矛盾を持っている。
ぺぺさんは仏教やインド神話観が好きだが、
同時に異物や矛盾を排除したくないのかもしれない。
それは言峰綺礼(の肉体)だ。言峰綺礼は、人の幸福が幸福と感じられず、
他人の不幸に愉悦する人物だった。それは『Fate/stay night』『Fate/Zero』共通だ。
言峰綺礼は、【大聖杯から生まれ落ちるアンリマユの祝福】に執着した。
その執着も、『Fate/Zero』『Fate/stay night』共通だ。


そして、言峰綺礼(?)は『Fate/Grand Order』でも
「生まれ落ちる、新たな命の祝福」というスタイルを貫いている。

言峰綺礼と天草四郎(下総国)の共通点は、大聖杯の関係者であることだ。
言峰綺礼とリンボに共通点があるとしたら、アンリマユではないだろうか。
キャスター・リンボ、下総国の天草四郎、言峰綺礼がアンリマユつながりで、
【四角】もアンリマユの雪の標的だとすると、一本の筋が通る。
さらにトドメ。なぜインドなのにイランの拝火教の【四角】があるの?
それは、インドの支配層は多数派のヒンズー教ではなく、
キリスト教やイスラム教ではなく、ゾロアスター教(パールシー)だから。
余談だが、インドでは13世紀に仏教が絶滅したので仏教はない。
近現代インドの近代化をリードしているのはパールシーである。
と言うわけで、【四角】はゾロアスター教の箱舟である。
ここまで読んでくれた方に祝福と感謝を捧げます。ありがとう。
ではまた。