ヒストールのブログ

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聖書のドラゴンは誤訳だらけ!「怪獣」「怪物」「獣」「蛇」「ジャッカル」

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ダンジョンズ&ドラゴンズ

 

 ハロー、エヴリワン。
 わたしヘブライ語聖書タナハギリシャ聖書ヴィヴリア好きのヒストール、よろしくね。
 これは聖書タナハのドラゴン🐲(便宜上そう呼ぶ)が日本語でどう訳されるか、
 その背景に何があるかという話。
 
 まず、聖書原文のドラゴン🐲を「タンニーン(תַּנִּין)」と言う。 
 
 「タヴ(ת)」
 「ヌン(נ)」+母音
 「ヌン・ソフィート(ן)」※ヌンの語尾形
   
 でできた語がタンニーンだ。
 だから「タヴ(ת)」と「ヌン(נ)」がわかればタンニーンが何かわかる。
 しかしクリスチャンは「タヴ(ת)」と「ヌン(נ)」が何の意かわからない。
 聖書タナハは幼児から読むもので、ヘブライの文字や単語や聖書タナハは幼児にわかる。
 しかしクリスチャンは「タヴ(ת)」と「ヌン(נ)」が何の意かわからない。
 
 タンニーンは「リヴァイアサン(לִוְיָתָן)」とも言われる。
 タンニーンはバハムートが【空飛ぶドラゴン🐲】と誤解される一因となった。
 だからタンニーンを知ればリヴァイアサンとドラゴンとバハムートもわかる。
 
 タンニーンは聖書タナハで27回出てくる。
  
(タンニーン英訳と文例まとめリンク)

biblehub.com

 

 タンニーンは日本語訳でバラバラに訳されている。
 まず聖書タナハはじまりの章に出てくる1回目から見てみよう。
 
○聖書原文『創世記ベレーシート』1章21節
וַיִּבְרָ֣א אֱלֹהִ֔ים אֶת־הַתַּנִּינִ֖םハッタンニニーム הַגְּדֹלִ֑ים וְאֵ֣ת כָּל־נֶ֣פֶשׁ הַֽחַיָּ֣ה ׀ הָֽרֹמֶ֡שֶׂת אֲשֶׁר֩ שָׁרְצ֨וּ הַמַּ֜יִם לְמִֽינֵהֶ֗ם וְאֵ֨ת כָּל־עֹ֤וף כָּנָף֙ לְמִינֵ֔הוּ וַיַּ֥רְא אֱלֹהִ֖ים כִּי־טֹֽוב

 

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海の怪物?

 

○『創世記ベレーシート』1章21節 日本語訳
神は大きな海の怪獣を創造された。水に群がりうごめくあらゆる生き物をそれぞれの種類に従って、また、翼のあるあらゆる鳥をそれぞれの種類に従って創造された。神は見て良しとされた。(聖書協会共同訳)
神は水に群がるもの、すなわち大きな怪物、うごめく生き物をそれぞれに、また、翼ある鳥をそれぞれに創造された。神はこれを見て、良しとされた。(共同訳)
神は海の大いなると、水に群がるすべての動く生き物とを、種類にしたがって創造し、また翼のあるすべての鳥を、種類にしたがって創造された。神は見て、良しとされた。(口語訳)
神は、海のと、種類にしたがって、水に群がりうごめくすべての生き物と、種類にしたがって、翼のあるすべての鳥を創造された。神はそれを見て良しとされた。(新改訳)
 
 タンニーン1回目ですでに大混乱だ。
 古典的な英訳(欽定訳)では「great whales(巨鯨たち)」とされる。 
 日本人で「海の怪獣=怪物=獣=海の獣=鯨」と考える人はいない。
 タンニーンは海の怪獣や怪物や獣や海の獣や鯨ではない。
 「海の」は付け加えた語で原文にない。
  20の英訳で「sea(海の)」が付け加えられている。

 

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アロンの杖と呪術師の杖(サイズ間違い)

 

 では2回目の『出エジプト記』7章9節へ。
 
כִּי֩ יְדַבֵּ֨ר אֲלֵכֶ֤ם פַּרְעֹה֙ לֵאמֹ֔ר תְּנ֥וּ לָכֶ֖ם מֹופֵ֑ת וְאָמַרְתָּ֣ אֶֽל־אַהֲרֹ֗ן קַ֧ח אֶֽת־מַטְּךָ֛ וְהַשְׁלֵ֥ךְ לִפְנֵֽי־פַרְעֹ֖ה יְהִ֥י לְתַנִּֽיןレタンニーン

 

 
「もしファラオがあなたがたに、『奇跡を行え』と言うならば、あなたはアロンに、『自分の杖を取ってファラオの前に投げよ』と言いなさい。すると杖は大蛇になる。」(聖書協会共同訳) 
「もし、ファラオがあなたたちに向かって、『奇跡を行ってみよ』と求めるならば、あなたはアロンに、『杖を取って、ファラオの前に投げよ』と言うと、杖はになる。」(共同訳)
  「パロがあなたがたに、『不思議をおこなって証拠を示せ』と言う時、あなたはアロンに言いなさい、『あなたのつえを取って、パロの前に投げなさい』と。するとそれはへびになるであろう」。(口語訳)
「パロがあなたがたに、『おまえたちの不思議を行なえ』と言うとき、あなたはアロンに、『そのを取って、パロの前に投げよ』と言わなければならない。それはになる。」(新改訳)
  
 ここでは「大蛇」「蛇」と誤訳される。
 タンニーンは大蛇や蛇ではない。
 日本人で「海の怪獣=怪物=獣=海の獣=鯨=大蛇=蛇」と考える人はいない。
 タンニーンは「アロンの杖(モーゼの杖)」が変化して成るもの。
 聖書翻訳チームは、アロンの杖の長さすら理解していない丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶
 ヘブライ語は、長く重いものを「持ち上げる」動詞と短く軽いものを「持ち上げる」動詞は別々で、アロンの杖はそのどちらかにしか該当しない丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶が、聖書翻訳チームはその初歩すら知らない。
 アロンの杖のサイズがわからなければ、「大蛇」「蛇」という誤訳になる。
  
 どうやってわたしはタンニーンや動詞の区別やアロンの杖のサイズを把握したか?
【同じ単語が出てくる箇所を抜き出し集中的に調べる】
【品詞変化があればそれも調べる】
【類義語があればそれも調べる】
【関連語があればそれも調べる】
 わたしはどの訳も不安定で、聖書タナハを訳す側がヘブライ文字ヘブライ単語を理解していないことを把握している。一つの単語の文例が百箇所を超えることはよくある。もちろん百箇所以上調べる。同じ単語を調べるには原典と英語が必要不可欠だ。ヘブライ文字の意を把握するには膨大な文例調査が要る。

 

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ジャッカル
 同じタンニーンが『ヨブ記』30章29節では
 「ジャッカル」(聖書協会共同訳、新改訳)
 「山犬」(共同訳、口語訳)
 と誤訳されている。
 Bible Hubのサイト(クリックでサイトに移動)で見れる27の英訳では
 20が「jackalsジャッカルズ」、5つが「dragonsドラゴンズ」、1つが「monstersモンスターズ」「jackalジャッカル」。
 
 ジャッカルとドラゴンが同じわけがない。
 
 聖書タナハ翻訳者たちはタンニーンを知らず読者を混乱させている。
 なぜクリスチャンが何も知らないのか?
 それはクリスチャンが原語全ての文字の意を知らないから丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶だ。
 タンニーン一語やヘブライ文字だけではない。
 クリスチャンはアラム文字もエラダ(ギリシャ)文字も知らない。
 それらは一文字ごとに意を持つ(既存のヘブライ文字表は役に立たない)。
 原文を調べれば、あらゆる箇所で同じ単語が
 別の語で意訳、いや誤訳されてると気づく。
 その誤訳の原因は全ての文字の意を知らない丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶こと。
 聖書タナハ翻訳者たちはタンニーンどころか根本から末端まで何も知らない。
 
en.m.wiktionary.org
 
  それに━━とんでもないことだが━━クリスチャンは、
 聖書タナハ原文の「エローヒーム(אֱלֹהִים)」、
 単数形扱いの【神々】を「神」に改ざんしてる。
 いや、全言語で改ざんした訳しかない丶丶 丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶。 
 改ざん訳を広める偽団体はみんな地獄へ落ちるだろう。 
 もっとも、全ての新旧クリスチャン団体が改ざん側丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶だが。
 まだ聖書タナハは一度もまともに訳されたことがない。
 わたしは【神々】と正しく訳された聖書タナハの普及を望む。
 わたしは「神」と改ざんしてきた誤訳書の破棄を望む。
 
biblehub.com
 
 またエゴこと「エゴー(εγώ)」の一人称「わたし」は、
 イエス・キリストが使う一人称「わたし」だ。
 だが英語圏ではエゴそのものを悪とする。
 聖なる書の一人称エゴ、キリストは悪だと。
 謎の冒涜的習慣だ。
 

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とある一文字(ヨハネ福音書1章)

 

 また福音書においてとあるエラダ(ギリシャ)文字は、
 救いの意で使われている。だが、偽キリストのパウロ
 救いの文字を理解していない。なので福音書パウロ文書は
 全くの別物で、パウロ文書は救いと聖性がない。
 これは文例の引用だけでわかる。
 なぜならその文字は一文字の単語として使われている
 パウロは救いを知らないのでパウロ文書にその意識的な用法はなく、
 パウロ文書はその単語を誤用している。
 福音書のその単語は救いが削られ無味乾燥な誤訳になっている。
 救いと聖性あるイエス・キリスト十二使徒は敬われるべきだ。
 聖書ヴィヴリアけがらわしいパウロ文書を混ぜる者はディアボロスだ。
 聖書ヴィヴリアから救いを削る翻訳者はディアボロスだ。
 わたしもかつてはパウロ文書を聖書ヴィヴリアかもと考えるディアボロスだった。
 今は違う。
 
 パウロの延長、無の1900年の蓄積は無価値だ。
 けがらわしいパウロいなす丶丶丶側の蓄積は価値がある。
 
 
 タンニーンを訳せない集団、 
 パウロ文書を聖書ヴィヴリアに含める集団、
 キリストの「エゴー」を悪とする集団、
 【神々エローヒーム】を神に書き換える集団、
 原語の文字全ての意を知らない集団、
 ラテン語を正典とし原典を避ける集団、
 ━━これらの集団はクリスチャンではない。
 彼らはキリストのサタンだ。
 
 聖なる書の聖なる文字と聖なる単語と聖なる文章が
 全部わかりません、興味もありません。
 そういう人々はクリスチャンではない。
 
 キリストのサタンの訳から直に聖書タナハ聖書ヴィヴリアは学べない。
 一文字ごとに意がある原文の情報量は凄まじい。
 文字全ての意が忘れられスカスカになり、
 全くの別物で埋められた聖書訳は偽書だ。
 今までの聖書訳は聖書ではない。偽書だ。
 偽書ですら世界に与えた影響は大きい。
 本物なら世界にどれだけの影響を与えるだろう? 
 
 誰も本物の聖書を読みたくないのだろうか?
 皆が偽物の聖書で満足するだろうか?
 そんなことはないはずだ。
 
 全てを一度に直すことはできないが、
 神に改ざんされた箇所を神々に直し、
 電子書籍で販売するなら数日でできる。
 
 わたしは神々は神々と訳された聖書タナハを望む。
 わたしは偽キリストパウロの文書なき聖書ヴィヴリアを望む。
 わたしは救いの文字が訳された聖書ヴィヴリアを望む。
 
 結局、どの語から語ろうと、
 【今までのクリスチャンと聖書訳は偽物でした】
 【今までの訳ではどの単語もわからない】
 という話になる。
 
 人類がドラゴン🐲を知る日はいまだ遠い。