ヒストールのブログ

三国志級のローマ漫画がほしいな…

【タツキ】最近毎日吉夢を見る、そして太陽への怒り【洋ゲー】

 
 ハロー、ガイズ。
 わたし聖書ヴィヴリア神話ムーソロギアー好きのヒストール。
 
 わたしはここ数日チェンソーマン記事を書かなかった。いや、正確にはチェンソーマン記事を書いてはいるが、チェンソーマンを超えて書くことが増えすぎてまとめきれなかった。何度も丶丶丶短めの記事を新たに書き直したがあふれ出てやはりまとめきれなかった。記事内容も幅が広がりすぎて、何度大幅に削っても再び広がってしまう。『チェンソーマン』の枠にまとめられない。
 
 わたしはここ毎日吉夢を見る。特にさっき見た吉夢はすごかった。リアルで、ユニークで。ストーリーも建物も登場人物も川も木もスマホも携帯も凝っていた。しかもカメラアングルやシーンが映画的でタツキ的だった。普段の視点は洋ゲー的。機械類や木々や植物や水がやたらリアルで広大な世界だから洋ゲー的。オチが若干映画『メメント』で、【復讐は続く】感じ。細部が緻密で、いつもの「記憶から合成した夢」ではなく「想像力で作った夢」だった。場所は生まれ育った街や今住んでいる場所でもない。格闘シーンはYou Tubeで見た動画のようだが、動きはどの格闘動画とも違う。素早く追ってくる【ウンコ塗り格闘詐欺師たち?】はバイオハザードの俊敏なゾンビやGTAのエネミーのようだがしつこいの何の。わたしタツキに当てられて創作意欲でも湧いてきたのだろうか。
 
 わたしはなろう小説をすごくたくさん読んでいる丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶、なろうは物語が定型化し、物語の幅が狭く、物語の展開に乏しく、新しみがない。なので記事にしない。わたしは『チェンソーマン』『呪術廻戦』以外の漫画もたくさん読んでる(ヒロアカやヴィジランテやアンデラや怪獣8号や双亡亭やバキシリーズを継続的に読んでいる)。わたしは趣味的には『創世のタイガ』が一番好きだ。ただし読んで楽しむのと記事の筆が乗るのは別だ。趣味的に一番好きなタイガでも、記事下書きすると言語化できる部分が少なく(タイガの面白いところは言語化できないところだ)、ボツ記事になる。
 
 わたしは日本を含む世界の近代小説や近代文学や近代フィロソフィも色々読んでいる。中華の諸子百家もたくさん繰り返し読んでいる。昔のわたしは考え方が老荘思想寄りで、知識や教養がすごく嫌いだった丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶わたしは知識も教養もあるがそう言われるのが腹立たしかった。わたしは頭のいい生徒や先生たちに怖がられ敬われるが知識や教養に丶丶丶丶丶丶すごく怒っていた。近現代の本も古典も道徳も我慢ならない。ムカつく!TVのお笑いも時代劇も日本ドラマも日本映画もCMも丶丶丶J-POPもムカつく!ムカつく!新聞も神社も寺院も道徳もムカつく!身近な生徒も不良も先生も地元も流行物も文化伝統も丶丶丶丶丶丶丶丶丶ムカつく!家もアパートもマンションもビルも電信柱も警察署も裁判所もムカつく丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶!敗戦と近代化もどきを意識しない奴ら全員がムカつく!退屈!七歳から丶丶丶丶夜は沈む太陽の無力さがムカつく!昼は見えない月の無力さがムカつく!ちっぽけな光の星々の無力さが腹立たしい!いや、太陽も月も星も神じゃない!太陽を神として崇める大人と神社と昔の神官みんなバカだ!星々の力を語る占い師や魔術師もおろか丶丶丶だ。
 
 こうした幼児からの怒りは消えない。『チェンソーマン』の世界に太陽がないとか、『ファイアパンチ』のサン(太陽)を殺すアグニとか、旧約聖書「日(太陽)」訳が誤訳に注目するヒストールは、七歳からの怒り丶丶丶丶丶丶丶だ。わたし五歳から丶丶丶丶神々は人間の想像した偽物とハッキリ考えながら神という言葉をほとんど使わなかった(唯一なる神々エローヒームを知らなかったから)。わたしは世界中のわずかな太陽信仰をかきあつめて太陽神が世界的と騙す作家や学者にはなれない。中国に太陽崇拝はほぼ無い、北欧神話の太陽神は人間が罰でやらされてるだけ、オリュンポス十二神に太陽神ヘリオスは含まれず、熱すぎる太陽はアラビアやインドの悪役。【井の中のかわず大海を知らず】。蛙が井戸の中から見た太陽は幻だ。
 
 夢の話だけ書こうとしてもあふれ出てしまう。『チェンソーマン』はもうじき終わる。わたしは連載終了後も『チェンソーマン』考察記事を書くかもしれないが、それではこの怒りが鎮まらない。わたしが怒りを綿密な物語で包めば他の人たちにとっても面白い作品ができるかもしれない。
 
 太陽を超える怒りが毎日わたしを焦がすが、夢は吉夢を告げ続ける━━。