ヒストールのブログ

日を直すナホビノ

【1960年代】愛・熱・秤・星・猿 〜原罪のない宇宙〜

俺は熱を愛してる。秤金次⚖。星綺羅羅⭐。猿め🐵。羂索が取る進化手段は天元と人類の同化だ。
 この記事はとある作品につながっている━━。
 

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テイヤールの愛と宇宙
   
 1955年、カトリック年長プリーストのピエール・テイヤール・ド・シャルダンが亡くなり、『現象としての人間(Le Phénomène Humain)』が出版された。当時、チャーチは「外開よそびらき(進化)」をまだ認めていなかった。と言うより、テイヤールの没後に出版された彼の著者により、地球上🌏のクリスチャンが外開よそびらきを認めるようになった。テイヤールは北京原人の発掘チームにいて、新時代に心を開いていた。1955年から1965年にかけてテイヤールの著者は大ヒットし、100冊の本と数千の論文が書かれた。1950年代はサルトル実存主義が世界を支配していたが━━、サルトルですらこんな反響を得たことはない。50年代はサルトルの人間的実存の不条理、疎外、参加アンガージュマン、状況、「歴史的契機」による陰気で、退屈で、偏狭な雰囲気の時代。その陰気な時代に、まったく別の、明るい宇宙、楽観的な銀河論が現れた。それがテイヤールだ。テイヤールの著作は今でこそサイエンスでないと見なされているが、テイヤールはサルトルに優る思想人だった。テイヤールは専門的な正確さではなく、宇宙と生命と物質讃美で、地球🌏の人類を愛と希望に満ちた宇宙観に変えた。楽観的な宇宙、それはつまり【原罪】のない宇宙だ。テイヤールの著書では【電子計算機】すら神の愛に満ちたものであり、生命を増幅させるものだった。当然スティーブ・ジョブズのPhoneや『トイ・ストーリー1』も、ビル・ゲイツMicrosoftも、根本的に愛かつ生命の延長にある。日本人はそのような愛観と生命観やCG観やネット観が欠落しているが、まったく自覚がない。日本人は外開よそびらきを進化と誤訳し、不包つつまず内建うちたてを先進と誤訳し、ヴァーチェを仮想と誤訳し、リアラティを現実と誤訳し、増大オーグメントを拡張と誤訳し、空回りしているが、まったく自覚がない。「仮想現実」「拡張現実」がいまいちしっくりこないな、と鈍い反応をするだけ。

 

 
 クリスチャンの原罪と無神論サルトルの重苦しい歴史や疎外語り。人類がうんざりしていた時にテイヤールの楽観的な外開よそびらき宇宙讃美物質肯定が爆発的に広まった。もはや外開よそびらきは、神に逆らう罪悪ではなくなった。原罪なくサルから人間に開く丶丶と信じ、物質を称えるのは神の愛に沿った事だ。疎外ではなく宇宙や銀河とつながる愛の熱を語ればいい。テイヤールは20世紀の人間とは思えないほど、古代の賢者めいた力強い人物であり、しかもとてつもない楽観論者で物質大好きときている。テイヤールは熱力学第二法則すら信じないと表明する愛の人で、「冷える絶望的な宇宙観」とは無縁だ。彼の著書は絶えず、愛、光、外開よそびらき、物質、成長に満ちていて、世界の闇を隅々まで照らした。おまけにレヴィ=ストロースが1962年に『野生の思考(La Pensée sauvage)』を出版し、「文明人と野蛮人」の構図はコナゴナに砕かれた。もはや知的な人間が「野蛮人を見下す文明人」を振りかざすことは不可能になった。要するに、宇宙と世界はより良いものに変わったのだ。

 

 

 残念ながら、日本人のふところは浅く、『野生の思考』や『現象としての人間』を受け容れる余地がない。日本国民は60年代からハートを閉じてしまった。日本国民はまあまあ、なあなあで何の意志も思想もなく、ベトナム戦争にうたわれた愛&平和ラヴアンドピースも弾いた。日本民は愛を知らない。ラヴはシスターズを姉と妹に分けない。ラヴはブラザーズを兄と弟に分けない。ラヴはイヤーズを年上と年下に分けない。ラヴはステューデンツやワーカーズを先輩と後輩に分けない。悪魔デーヴァな妹の恥に呪われる。悪魔デーヴァな兄に天使アスラな火と雷を隠される。悪魔デーヴァな姉が太陽と騙される。悪魔デーヴァな弟が大蛇を倒したと騙される。儒道の呪い【民(目を突かれた奴隷)】に縛られる。【家(宀+豕、屋根の下の豚)】━━豚小屋をぐるぐる回る。日本民は愛を知らない。実存、進化、科学、化学、物理学、心理学、先進、文明、文化、仮想、現実、虚構、社会、会社、社長…一文字も合っていないし、原語の文脈がない。日本人はだいぶ前に「ファミリーコンピュータ」「ポケットモンスター」を経たものの、コンピュータから愛やファミリーやエボリューションを感じられない。ゲームがいつから面白くなくなった、中国や韓国が経済的に伸びてる、日本のモノ作りビジネスが時代遅れ…そうじゃない。愛を受け容れないのが本当の問題なのだ。日本人は愛の根っこがない。だから日本人が一時的に成功しても“失敗”に決着する。

 

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 日本人は基礎的な人語がわからないのに、見栄を張って誰それや何とか主義をそれっぽく語る。日本はまだポストモダン化どころかモダン化していない。日本の哲学や批評はすべて的外れでお話にならない。ジョージ・オーウェルの『1984年』は、日本の【1884年】━━『哲学字彙 改訂増補版』に由来する。現代日本語、和製漢語こそ洗脳語ニュースピークのオリジン。ディストピアのモデルは日本🇯🇵だ。箕作麟祥(1846-1897)や西周(1829‐1897)を含めて仕切り直さない限り、日本のすべてはあぶくバブルと同じ。
 

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星の祈り
 
 テイヤールの熱い愛が宇宙と世界と物質に満ちた後、今まで評価されなかった占星術が当たり前のように普及した。熱力学第二法則を無視した熱い愛がなければ、占星術の星も冷えてしまう。日没色のニセ太陽🇯🇵は昼色の【ひる】を水蛭子ヒルにすり替えた。月を隠蔽した。日本の宗主国豊葦原中国とよあしはらのなかつくに】の星神【天津甕星アマツミカボシ】をまつろわぬ神、邪神、悪神、鬼神と偽った。だから日本神話で月や星の宇宙を語ることができない。仏教の宇宙は、明星(日+月+星)はあるが、それらは空虚な明星みょうじょうてんに支配されたサタンの星々。だから仏教から宇宙を語ることもできない。日本の宇宙観や地球観を表すなら、サタンの自由で不自由になった地球🌏、宇宙飛行士が殺された闇の宇宙になるだろう。悪魔デーヴァなニセ太陽や悪魔サタンな明星の宇宙を逃れるには、死を司る北斗ではなく、生を司る南斗、死から復活する南十字星サザンクロス、不死なる月の蛙と兎、それに死から復活させる布瑠ふることがいる。「布瑠部ふるべ由良由良ゆらゆら布瑠部ふるべ、かくなしては死人まかりしひと生返いきかへらむ」。

 

 
 ネットを「リアル」に数えない、拡張現実の誤訳が広まらない、ゲームハードに愛を見ない、ドローンで出遅れる、5Gで出遅れる、男尊女卑がひどい、セクハラとパワハラモラハラだらけ、レイプはすぐ無罪。すべては聖書の愛を受け容れないからだ。進化や先進すら嘘なのにどこに向かって進むのか?愛なき日本の日+月+星はすべて悪魔で呪われている。愛なき日本は天使を「修羅」「修羅場」「阿修羅(正義)はやりすぎると悪になる」と呪っている。だから天使は呪詛する日本人に近寄らない。愛なき日本は宇宙の「創造」がない。愛なき日本は人間の「創造」もない。「創造」がないのだから、創造された平等も右正義(権利)も知らない。愛と平等と右正義がないから、国内法のジャスティスの秤もない。妹の恥で愛を否定し、兄の剣で天使の火を否定し、兄の桃で神の雷を否定し、姉の日没で神の昼子を否定し、弟の海で天叢雲アメノムラクを否定する。聖痕スティグマある人の子の血肉を飲み食いしなければ、民は人になれないし、人として生きることができない。愛がなければ民は人になれないし、太陽も見えないし、月も見えないし、死ぬまで宇宙の星々を見ることができない。天使を嫌い、天使に嫌われ、宇宙が見えない無法地帯の愚民として死にたいか?本当の愛はずっと昔から宇宙も正義もサルも物質もコンピューターも讃えている。